3―ナナ


 

 結局、彼らに食事を食べさせることはなかった。

 

「騙したみたいでゴメン。ほんと話してみたかっただけなんだよ。」

 そう言って私に頭を下げるカシは、私をこれまで一度も来たことがないような高級レストランに連れてきた。どうにも慣れない作法にとまどいつつも、美味しい料理には違いない。そして料理を食べながら、カシとオクとホサはこういうレストランに慣れていたが、対照的にフジは私と同じようにあまり来たことがないのだと気づいて、フジにとても親近感が沸いた。

 はっきり言ってしまえば、私は金持ちにあまりいい印象がない。それは私を生んでくれた母親が、金持ちだった父親らしい男の愛人だったからで、その父親が最低な男だったからにほかならない。

 私の愛する変わり者の家族は皆、本当の父でも本当の兄でもない。私が父親だと思っている人は母親の弟で、私が兄だと思っている人達は彼と亡くなった奥さんとの子供だから、本当は従兄にあたる。

 母親が私が7つの時に死んで、それから私は今の家に引き取られた。本当の父親は当然のように私を引き取ろうとはせず、今の父も父親に私を預けようとは塵ほどにも思わなかったと言っていた。

その時、私の本当の父親である男は、慰謝料と養育費だと言って3億という莫大な金をほとんど無理やり今の父に渡した。それを私を育てる費用になどこれっぽっちも使おうと思わなかった父は、それで道場を建て、達人を呼んだりする費用に充てたのだ。それでも2億8千万円は手付かずのまま残ってしまい、私が大学に合格したときに渡された通帳にそっくりそのまま入っていた。あまりのことに目を剥いた私に、父は「生活費は俺がちゃんと送るからな。それはナナの好きなように使え。ああ浪費するならその金を使えよ」と言ってガハハと笑った。そして私が東京に出る日の前日、父はこう言った。

「いつかどっかで会ったらさりげなく気絶させてやれ」

 そんなことを言っていたあたり、本当の父親への鬱憤をカンフーやら少林寺やらで晴らせとでも本気で思っていたにちがいない。だが、そんな父の馬鹿なところも私には愛しくて仕方がないし、そんな父を支えるかのように年相応とは言いがたい落ち着きを持つ兄達を、私は誰よりも愛している。

「…ナナ。ナナ?」

「…え?ああ、ごめん。」

「何度呼んでも返事しないからさ。で、ナナって今何やってるんだ?」

「大学に通ってる。」

「や、それはもう聞いたって。何勉強してんの、ってこと。」

「そうか。――医学だよ。まだ1年だから専攻は決まってないけど、希望は精神医学の方。」

「医者かぁ。あ、お父さんがそうだったりする?」

「そうだよ。父は内科医。」

「もしかしてお兄さんたちも?」

「そう。長兄は脳外科志望の5年。次兄は3年で心臓外科志望だと言ってた。」

「へーー!なんかすごい優性遺伝子を感じる家系だなあ。」

 やさしげな口調、やさしげな顔。けれど、カシはこの4人の中で誰よりよく人を見ている。少林寺やカンフーといった、人の気を見る武道をやっているせいか、私は人の目というものにとても敏感なタチで、大抵初対面の人間は最初に目を見る癖がついている。試合の時も、目を見れば相手がどの程度の技量なのかわかったりするものだ。

「…カシはとても18には見えない。それにホサも。」

 多分、カシとホサは顔つきからして血のつながりがあるのだろう。そして二人とも同じように瞳に力がある。きっと頭も尋常じゃなくキレるに違いない。

「え、そう?どんなとこが?」

 そういう風に聞いてくるところが、と答えようとしてやめた。ちゃんと答えてあげなければカシに失礼だと思ったからだ。

「カシは…既に人の上に立っている目をしているし、ホサは守るものがある目をしている。そんな目を高校生は普通持ってはいないから。」

 そう言うと、カシもホサも少し驚いたように目を見張った。その反応からして多分外れてはいないんだろう。私のこういう直感は今まで一度も外れたことがない。

「…その台詞そのままナナに返す。18の女のコはそんなこと普通言いません。」

「ああ、私はあまり普通と言える育ち方をしていないから仕方ないんだ。気に障ったらごめん。」

「気に障るってことはないよ。それに普通の育ち方なんて関係ないと思うけど。」

 今度は私が目を見張る番だった。

 そうなのだろうか、と思う。今まで、ほとんどの人間が「ナナは変わってる」とか「ナナの家って普通とは違う」ということを私に言った。そしてそうだろうことに疑いなど持っていなかった。別に普通じゃないならそれでよかったからだ。普通じゃなかろうと、私は十分幸せだったからだ。

「…そうか。よく普通じゃない普通じゃないと言われてたけど、普通っていうのはないのか。」

「んー、まあ世間では普通ってこれってあるとは思うけど。でも別に育ち方でその人を好きになったりするわけじゃないし。少なくとも俺はそうだけど。」

「……やっぱりカシは18には見えないね。」

「アハハ!なあ、じゃあ奥野はどう見える?」

 フム、と私はオクを見つめてみた。オクはカシとホサとはまた違う。顔つきは4人のなかで一番穏やかだが、多分腹に一物を飼っているタイプではないだろうか。

「試合で、いちばん当たりたくないタイプだね。探らせない目をしてる。」

「…それは誉め言葉と受け取っても?」

「うん。カシとはまた違うけど、オクも人の上に立つ目をしてる。ただカシと違って参謀タイプに見えるかな。」

「ナナさんは…占い師にでもなれそうだ。貴方が精神科医なら安心してうつ病になれるよ。」

「…オクは多分この4人のなかで一番女の子にモテるでしょう?」

 オクがニコリと微笑む顔は絶対に女子供には効果テキメンに違いない。なんというか、世俗的な意味のフェロモンがオクからはこれでもかと感じられる。多分ホストにでもなれば相当な早さでナンバー1に昇りつめるだろう。

 が、思いも寄らぬところから反対の声があがった。

「えーー!?清嶺じゃないの?」

 いちばんオクに懐いてそうなフジの声だった。

「確かにホサもモテるだろうけど。でも、オクは内心はどうかわからないけど女の子には優しいでしょう?ホサは誰にでも優しくするようには見えないし。」

「………………かもな。」

「アハハ!清嶺もカタナシだな。っていうかずいぶん実感こもってるけど…ナナの彼氏もそうなのか?」

「ううん。長兄。やたら整っている顔のせいで好意を寄せる人は後を絶たない。中高のころは5股6股なんて平気でしてた。」

「精力的なおにーさんだなあ。つーか中学んときの清嶺みたい。」

「…そうなの?その目は一朝一夕ではできないと思うんだけど…おかしいな。」

「ああ、こいつ極度のシスコンなんだけど、中学んときそのおねーさんから離されてそれで女の家渡り歩いてたってわけ。」

「…なるほど、ホサの守るものはお姉さんってことか。それはいいね。」

「それが亜矢子さんだけじゃないんだなー。もう一人いるんだ。」

 カシはニヤリと笑ってホサの肩に手をポンと置いた。ホサはその手を嫌そうに振り払っていたが、私はその内容に少々驚いた。

「それは本気?」

「…どういう意味?」

「ホサのその目、それは守るもののためなら自分をいとわない目だ。そんな目をしてる人間はそう多くない。なのにホサはそんな相手が二人もいる。ふたりを、同じように、同じくらい愛してる?」

 愛する人が二人いるということは、自分の心をふたつに分けないといけないということだ。

 それは、言葉で言うほど簡単なことでは決してない。

「きっと苦しむことになる、ホサ。「ふたり」を愛するというのはそういうことだ。それはホサが中学の時とはワケが違う。中学のそれは誰も選ばないから何人とも付き合えたんだ。今度はふたりとも選ばなくちゃならない。」

「……………。」

「そう怖い顔をしないで。ああ、そうだ。ホサ、崖からその二人が落ちそうになっていて、一人しか助けられないなら咄嗟にどっちの手を掴む?……今もし心の中でどちらかの名前を思ったのなら、ホサは実はそのひとりしか愛していないということだ。」

「……んなワケあるかよ。」

「そう?私はふたりの人間を愛しているけど、でも、ふたりともは選べない。だから、今ホサが思ったようには考えない。」

「へぇ。教えてもらってもいいか?」

「一人を助けて、私はもうひとりと崖から落ちるよ。」

 ――それを、あの兄たちが絶対に望まないとしても。


「・・・・・・俺なら、絶対諦めたりしないけどな。」

「――え?」

「どうにかすればみんな助かるかもしれないのに、それを諦めるなんてできないよ。」

「――――――。」

 この子は純粋なのだと思った。

 今の話は例え話で、実際にそうなる可能性など皆無だ。なのに、実際そうなった時を想像して悲しくなっているんだろうフジの顔に、私はどうしようもなく愛しさを覚えた。その、透明で透き通った瞳に。

「…フジ。きっとフジは愛される。フジの目・・・何かに飢えてて、だからこそ周りの人間はフジに惹かれずにはいられないはず。フジを思う人間は、狂うほどフジを愛するようになるよ。」

 

 ―――そうさせる力が、フジにはある。






                                     
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