8 −side r−


 

 店に戻ってきた桐と杜は、まるで何もなかったかのように普通だった。その普通さがかえって違和感があって、だが、何かを聞くということを二人の雰囲気が許さなかった。どう見ても普通でありながら、絶対に普通じゃなかった。

「そーだ、時田ちゃん、今日俺んち泊まんない?」

「は?なんで」

「んーい〜い酒が手に入ったんだよ、なあ万里?」

「手に入れたのはお前じゃないけどな」

「な?あ、蓮も来いよ?」

「…うん」

 俺がそう言うと、杜は「やりい!」と声をあげて拳を握った。その様があまりに昔と変わらなくてつい笑ってしまう。万里がそんな杜を気味の悪いものでも見るような目で見ていたが、杜はその視線に気付きながらも完全に無視しているようだった。

「蓮」

 と、それまで俺に話しかけてこなかった桐が俺の名前を呼んだ。

「俺は明日のレポートがあるから家に戻る。いい酒をたっぷり飲んでこい」

 そう言って小さく笑みを浮かべると、桐は俺と二人に背を向けて手を振って、店から出て行った。あまりにあっという間のことで杜も動けなかったらしく、桐が出て行った後で「逃がした!」と言って地団駄を踏んでいる。地団駄は踏まないものの俺も同じようなもので、桐が座っていた今は不在の席をただただ見つめていた。

 

 

「かーんぱい!」

 杜のそんな声とともに飲んだ日本酒は確かに美味かった。秋田からわざわざ万里が取り寄せた酒らしいが、日本酒に関してはツウと言っていい万里の舌は確かだと思う。生まれ柄、一流と呼ばれる物にしか身につけず、一流と呼ばれる物しか口にしない俺たちは、やはりこういうところは似ていると思う。

「…美味いな」

「年に20本限定の幻の酒、ってのがこの酒のウリだ」

「へー、そりゃすげぇな」

「ああ」

 ――沈黙が、落ちる。

 何故だろう。過去、3人でいるときに沈黙が流れたことは数え切れないほどあったというのに、今日のそれは居心地が悪かった。その理由は多分はっきりしていて、でも、誰も口にしようとはしない。そのことが、さらに場の雰囲気を硬いものにしている気もした。

「…そういえば」

 そこに、そんな杜の声が聞こえてきて、俺は無意識につめていた息を吐いた。

「なんだ、杜?」

「や、蓮、あいつとの同棲生活はどうよ?」

「…桐?どうって、別に何も」

「ケンカとかねえの?」

「蓮がするはずないだろうが」

「それもそーだな」

 

「…桐は」

 

 何故、桐のことを話そうと思ったのか、俺自身よく分からない。それでも、桐の話が出てきたときに、心のどこかで言おうと考えていたのかもしれない。

 

「……桐は、優しい。多分、優しすぎる」

「…どういうことだ?」

「俺が殴っても、俺が、酔っ払って外でクダまいてても、何も言わない。時々、どーしようもなく、泣ける」

 俺のすることの何もかもを、桐は許してしまう。

 それこそ、許してもらっているのだと感じさせないほど、自然に。

「蓮」

 うつむいていた顔を上げると、杜の顔から笑みが消えていた。

「あいつに深入りするな」

「…え?」

「嵌ったら最後だ、ああいう人間は」

 その顔は冗談を言っているようにもからかっているようにも見えず、俺はただただ戸惑った。過去にあまり見たことがないほど真摯に俺を見る杜の顔は、普段が普段なだけに怖いほど真剣に見えた。

「相良は…あいつは、なんだかんだ言って情にもろいし、お前のことを多分誰より愛してた。でも、時田は」

 

 世界中の誰より、自分が嫌いな男だ。

 

 そう言って、杜は射るような目で俺を見た。

 その目が、今言ったことは本気なのだと、教えてくれる気がした。

 

 


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