8 −side k−


 

「おい…なんだよ」

 ぐいと腕を掴まれて店の外に連れ出され、手を引かれるまま連れてこられたのは駐車場だった。そして、杜はポケットからキーを取り出して車のロックを開け、後部座席のドアを開けて俺を中に押し込める。ワケもわからず座席に腰を下ろすと、杜がつめろとでも言うように後部座席に乗り込んできて、俺は後ろ手で脇にずれた。するとドアがバタンと閉じられる音がして、その途端、突然胸倉を掴まれた。

「面倒見るって言ったよな?」

「……は?」

「万里が、お前に蓮の面倒見てくれって頼んだとき、頷いただろう?」

 俺を問い詰めるようなその声色はどこかからかっているような声だったし、その顔にも確かに笑みが浮かんでいた。

 だが。

「だよな、時田?」

 これほど、背筋がザワリとするような笑みを俺は知らないかもしれない。それは、普段屈託なく笑っているように見えた杜だからなのかもしれないが、それ以上の何かがその笑みにはあった。

 人を凍りつかせる笑みというのがもし本当にあるというのなら、きっと、こんな笑みだ。

 整っているだけに、壮絶なほど。

「相良が死んでからの1ヶ月、蓮は死んでたも同然だった。食わない、寝ない、喋らない、動かない。病院に連れてかなきゃあいつは脱水症状で死んでた。だから、俺も万里も始終蓮を見てるようになった。いつあいつが狂っても大丈夫なように。そうしたら、あいつは家出てった」

 突然話し始めた杜に戸惑いながらも、何とか話の内容を頭で追った。杜のそれは、俺に聞かせているのか、それとも自分に言い聞かせているのか分からないような口調だった。

「…時々家に帰ってきてると思えば、酔っ払って、夢ん中に逃げこんでた。そんなあいつを俺も万里も何とかしてやりたくて、でも何もできなかった。10年以上、傍にいたってのに。…それを、お前は横から掻っ攫ってった」

「それは」

 言おうとして、片手で口を塞がれた。

「でも、蓮はお前に張り付いて寝てた。ああ、お前の傍ならあいつは眠れるんだと分かって、お前に蓮をまかせた。…お前んとこ行けば、絶対に蓮に会えるからな」

 

「言っとくけどな、時田。お前は、蓮をこっちに引き戻す以上の存在価値は、俺と万里の中じゃねえんだよ」

 

 まるで、ゴミでも見るような目で、杜は俺を見ていた。

 そんな目で見られたことなど一度もなくて、一方的に叩きつけられる悪意はこんなにも痛いのかと他人事のように思う。

 俺の口を塞いでいた手を離し、それでもなお杜は俺を冷たい目で見下ろした。

 それに、俺の体の一部が、痛いと悲鳴をあげる。

 だが。

 

『桐が私を好きでも、私が桐を嫌いじゃないってことにはならない』

 

 勝手に傷ついたと思う俺の脳みそを、彼女の言葉が引き戻した。

 

 ――そうだ。

 どうして俺はすぐ忘れてしまうんだろう。

 他人が俺をどう思おうと、それはそいつの自由だってことに。

 

「…なら、どうすればいい」

「決まってんだろ。他の男――女、どっちでもその気配を絶対蓮に悟られんな。お前は蓮にとって「相良」のレプリカだろうが」

「……わかった」

 そう言うと、杜は掴んでいた手をパッと離した。そして、店の中でしていた屈託のない笑みを顔に乗せ、俺の手をひいて車から出る。

 店までの数十メートルを手をひかれながら歩き、あと数歩で店のドアに辿り着くというところで、俺は口を開いた。

「杜」

「んー?」

「俺は、贋作だぞ」

「…は?」

「複製じゃない、ただの贋作だ。それも粗悪と言っていいぐらい」

 後ろを振り向いて、杜はひどく怪訝そうな表情で俺を見た。

「多分、蓮ならすぐ気付く」

「……お前」

「でも、努力はする…もう間違わないと決めたから」

 

『どうして、あの人の代わりなら代わりらしく、何もなかったようにしていてくれなかったの?』

 

「…蓮が気付けば、すぐにでも消えてやるさ」

 

 


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