14 −side k−




「これで全部か?」

「ああ」

「そ。――おい、これ全部持ってって」

 杜がそう言うと、引越し業者の人間たちが一斉に蓮の荷物を外に運び出していった。
 やたら高級そうな家具がこんなぼろアパートにあることのおかしさを、俺は数ヶ月ぶりに知った気がする。部屋の外に出された家具は、日の下で見ると、絶対に俺の部屋なんかには置いてはならないような代物に見えて、業者の人間たちが必要以上に丁寧に扱っているのも納得できた。
 結局作業はおよそ30分で済み、家に残されたのは俺と、もともとあった家具と、そして杜だった。

 波照間島から帰ってすぐ、俺は杜に連絡を取った。頭の回転の速い杜は、俺が一言「荷物、持ってってくんない?」と言っただけで全て悟り、その20分後に業者を引き連れてやって来た。その行動の早さに目を剥きながらも、できるだけ早く引き取ってほしいと思っていた俺には、願ったり叶ったりだった。

「…茶でも飲むか?」

「いや。灰皿くれ」

「ねえよそんなモン。空き缶でいいならやるけど」

「それでいい」

 台所に行き適当な空き缶を取ってテーブルに乗せると、杜は既に吸っていた煙草の灰を器用に穴の中に落とした。そしてもう一度煙草を銜え、深く吸い込む。その吸い込んだ煙が吐き出されても、杜は絶対に俺の方を見ようとはしなかった。業者が作業をしているときも、俺に何かを聞くときも、決して俺に目を合わせない。というより、顔すら向けない。
 そこまで嫌われてたかと内心溜息をつき、とにかくこの張り詰めたような空気から逃げ出したいと思った。

「…蓮が好きなのか」

 突然、本当に突然杜がそう口を開いて、俺は一瞬息を呑んだ。だが、それを表情に出すほど俺は子供ではなくて、3秒にも満たないぐらいの時間の後に、「違う」と言うことができた。すると杜は今日初めて俺に視線を向けたが、何時にない視線の強さに少し気圧されそうになった。だから、それを振り切るように俺はもう一度口を開いた。

「違う、杜」

「なら、何で死にそうな顔してる?俺は蓮さえ元に戻りゃいい。元に戻したお前が今度は蓮を壊すっつうんなら、俺はお前を本気で潰す」

 ――その脅しに怯えることができたら、どんなに良かっただろう。
 人好きのする顔をこれでもかと歪めながら、俺をとことん追い詰めようとする目の前の男を、恐怖とともに見ることができたら。
 だが、俺はそんな感情をこの男に抱くことはできない。
 別に、好意を持っているとか、そういうキレイな理由では決してない。
 俺に誰より冷たい感情を向ける杜は、俺に無関心な家族より断然マシで、だからこそ、俺は杜を見つめることしかできなかっただけだ。
 込めれるだけの悪意を込めた視線を俺に向ける杜を、ただただ見ているだけしか。

「…どうでもいいよ」

 だから、そう言った。

「蓮がこっちに戻したのは俺じゃなくて相良だし、俺は誰かを壊せるほど大した人間じゃない。それに、お前に潰されるような人間でもない」

「…………」

「関わるな、って言いたいんだろう?そんなことは分かってる。言っただろ?蓮が元に戻ったら、消えてやるって」

「……お前、人間か?」

「は?」

「俺が何言っても能面みたいなツラしやがって。ほんと、何考えてんのか全然わかんねーな、お前」


 ――お前も、そう言うんだな、杜。


「…わかる人も、いるらしいけどな」

「……へぇ、あの教授か?なら尚更だ。蓮とは二度と関わるな」

「繰り返すな。それに、関わるもなにも、蓮は俺を覚えてない」

「ハッ!まあ、そうだろうな。相良が死んでなきゃ、蓮はお前のことなんて視界にすらいれなかった」


 その何気なく発せられた杜の台詞に、俺は気のせいでもなんでもなく一気に体が冷えた。

 何故だろう、知っていたはずなのに。俺は「相良」の身代わりにすらなれない、粗悪な贋作だったと。

 そう、知っていたのに、どうして古傷を一気に抉られたような、そんな痛みが俺を襲っているんだろうか。


「なんだ、今更傷ついたとでも?最初っから分かりきってただろ?」

 ああ、分かってたよ。
 最初から、俺を「相良」としか見ていなくて、「相良」の顔をした俺に微笑みながら、蓮が微笑んでいたのは俺じゃなくて「相良」だったことも。
 俺の指が傷つくのが嫌で、蓮が包丁の真下に手を差し出したのは、「相良」の指が傷つくのが嫌だったってことも。

 いつも俺を抱きしめながら、「相良」を思ってたことも。


 でも、それでも。
 まるで本当に俺を愛していてくれているかのように、毎日俺に微笑んでくれた蓮に、俺はどうしようもなく焦がれたんだ。

 
「…あい、してるよ、蓮」


 だから、言うだけなら、許して。
 今は、ここに蓮がいないのだから、蓮は、絶対に俺の言葉を聴かないのだから。



「蓮」


 
 愛なんて知らない。
 でもそれでも、この感情が愛でないなら、俺は一生愛なんて知らなくていい。





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