―6―

 

 宝と蒼の出会いは、かなりお間抜けな勘違いから始まった。

 沖縄に着いたその日、こぼれるばかりの海の青にそりゃもう感動した宝は真っ先に水着を買いに売店に走った。そしてホテルの部屋にポイポイと荷物を投げ捨てるように置き、水着を中に着込んでから全速力で目の前の海まで走る。そしてまだオフシーズンのためかあまり人のいないビーチで服を脱いだ途端、

「こらそこ何してんだーーーーーーーーー!!」

という大声とともに水着姿の男が宝目掛けて走ってきた。

 その必死の形相にさしもの宝も少し後ずさる。だがどうにも逃げることまでには頭が回らず硬直していると、その男は手に持っていたタオルをガバリと宝の上半身に巻きつけた。

「ハア、ハア、ハア、あ、あんたどっから来たか知らないけどさ、普通海は水着を着て泳ぐんだよ!」

 顔を真っ赤にして、さらに息をぜえぜえ吐きながら言う割には当たり前のことだなと思いながら、宝はポカンと口を開けたまま「着てるけど。」と言った。

「どこに!あんた上半身素っ裸じゃないか…ったく、いくら小ぶりな胸だからって、可愛い顔してなんちゅーことする女だ」

「…………おれは男だーーーーーーーーーーーーっ!!」


 ――――以上が宝と蒼の出会いである。

 さらに、蒼がそのときすでに23だった宝に、「ま、まあ高校生ぐらいだと間違えることも多いんだよ。」と言い訳にならない言い訳をしたために、宝は蒼が土下座して謝るまで砂やら小石やらを持って追い掛け回した。蒼は追いかけられながら「これで23の男なんてぜってー詐欺だ!」と思いながらも、当然それを口にすることはできなかった。

 

 蒼はそのとき高校3年だった。沖縄の専門学校への推薦入学もほとんど決まっていて、他の高3の生徒に比べればかなり時間の余っている方だっただろう。それが吉だったのか凶だったのか、写真を撮りに来たという宝のガイドを女やら高校生やらに間違えたお詫びとばかりにするハメになったのである。

「明日から頼むなーー!」

 そう言ってホテルへと帰っていった女にしか見えない男を思い出し、蒼は苦笑が顔に浮かぶのを抑えられなかった。華奢で、肌も透き通るように白くて、そして人形のような顔をしている宝は美少女にしか見えない。なのに口を開けば聞いている方が真っ青になりそうな男らしい話ぶりで、しかもやたら手も足も出るのが早い。

「……すこしだけ、お前に似てるかも。」

 お前より全然可愛いけど。

 手帳に挟んである写真を見ながら、蒼は静かに呟いた。

 


 翌日、宝に請われるがまま蒼は沖縄の有名スポット…ではなく、人の手が入っていないところ、を案内することになった。宝が言ったのは「自然って感じのとこ!」という小学生のような一言だったのだが、それも宝らしいかもしれないと蒼はその言葉に見合うような場所へ宝を連れていった。

 とにかく、どこへ連れていっても喜んでくれるような人間だった。おおーとかひょーとか奇声を上げながら子供のようにはしゃぎまわる。一度は海女に混じって海に潜ろうとまでしくさった。さすがにそれは危なすぎると言って止めたが、それでもどこか諦め切れないように海女の老女たちにしきりに手を振っていた。だが、3箇所ほどまわったところで宝が一度も写真を撮っていないことに気づいた。それを言おうとして宝に顔を向けると、そういえばカメラすら持っていないことに気づく。それで「カメラ忘れたのか?」と聞くと、「今日は見るだけだからいいんだ。」という返事が返ってきた。

 蒼はそんな宝と海を後にし、夕食を奢ってくれるという宝に言われるがまま沖縄料理を出す店に連れて行った。その間も、まるで小学生のように目に映るもの全てに必要以上に感動しては大騒ぎしていて、そんな宝の首根っこを掴むようにして蒼は足早に店に入った。

 

「へーじゃあもう進学決まってんじゃん!おめでとーー!」

「…どーも」

「あ、じゃあ祝杯あげよーぜ。すんませーん、泡盛くださーい」

 蒼が俺はまだ17だと言う暇もないまま宝は速攻で店員に酒を頼んだが、たまたま頼んだのがその店の気さくな店長で、「未成年に酒出すわけにはいかないさ」と蒼からしてみればそう言われても仕方ないと思うようなことを言ったせいでその場は一騒動になった。

「ハ!?俺はもう23だっつーの!」

「俺?いやー、年は23でしかも男の振り?可愛いのに中々肝据わってんなあ」

 

 

「すみませんすみません。本当にすみません」

 そう言って頭を下げながら宝はガラガラと店の引き戸を閉める。隣で蒼も同じように頭を下げていたが、引き戸の向こうからは店の店長の「気にすんなー」という声が聞こえてきていた。その声に助けられるように宝はもう一度頭を下げ、店の前から離れた。

「…テーブルひっくり返す奴なんて初めて見た…」

 ぼそりと呟いた蒼に、宝はウッと詰まるしかない。どうにも髪を長くしたあたりから、女と間違われることに前以上に反応するようになっている自分を宝はなんとなく気付いてはいたが、かと言ってその場になるとキレるのを止められないのである。

「巻き込んでゴメン…」

「や、いーけど。アンタみたいな奴もう一人知ってるし」

「俺みたいな奴って…まあいいや。で、どんな人?」

「……元カノ」

 低い声でそう呟いた蒼に、宝は今日は絶対厄日に違いないと思った。

「…なんか知らねーけど、北海道に行っちまった。やりたいことがあるんだってさ」

「え…でも、離れたから別れたってわけじゃないよな?」

「そーだけど。だって北海道だぜ?日本の北の端っこと南の端っこで、どうやって恋愛続けろっつーんだよ」

「普通に続けられるだろ?会おうと思えば会えるんだし」

 宝がそう言った途端、蒼は目にも明らかに表情を変えた。

 ――それは、蒼が別れた恋人が言った台詞と、同じだったからだ。

『なんで別れなきゃなんないの?会おうと思えば、私がこっちに来ることも、蒼が北海道に行くことだってできるのに』

 そんな恋人に返した言葉を思い出して、蒼はギリと奥歯を噛み締めながら同じ台詞を宝にも言った。

「会いたいと思ったその時に会えない恋人なんて、いない方がマシだろ?」

 それは、彼女の立場になって言ったつもりだったが、彼女には多分違う意味に聞こえただろう。だからと言って、蒼はそれを訂正するつもりもなく、彼女は蒼がそう言った途端顔を強張らせ、耐え切れないように目から涙を零した。なのに、別れようと言った蒼を一言も責めずに、彼女はニッコリ笑って蒼にバイバイと言ってくれた。

 本当は、蒼の方が耐えられなかっただけだった。
 専門学校を卒業したら結婚しようと考えていたほど好きだった、蒼の4つ上の恋人が、自分の傍から離れてしまうことに耐えられなかっただけだった。

 でも、それを言えるほど、蒼は素直ではなくて。

 気付いたときには、彼女は一人北海道に旅立って行ってしまった。

「…それ、彼女に言ったのか?」

 ヒクリ、と喉が鳴った。

 宝の声は責めているようにも、呆れているようにも聞こえず、なのに、蒼は宝の顔を見ることができなかった。

「俺は…仕事柄、好きな奴とずっと一緒にいることができない。でも、好きなのは絶対だから」

「………」

「それだけでいいんじゃないかって、俺は思う」

「っっ分かったようなコト言ってんじゃねえよ!」

「あお、くん」

「好きなのに、傍にいれないんだ。苦しいときに胸借りることも、あいつが辛いときに慰めてやることもできない。そんな関係ムリに決まってるじゃねーか!」

「ムリかもしんない。でも、ムリかどうかは離れてみなきゃわかんなかったはずだ。お前は、逃げただけだろ」

 その、あまりに正鵠を射た台詞に、蒼は思わず手が出た。宝は避けることができたにも関わらずそうすることをせず、右頬を張られた。

 そしてそれでも、宝は言葉を続けることをやめなかった。

「…一緒にいられないのは辛い。でも、好きなひとと一緒にいられないから別れるなんていうのは、絶対間違ってる」

 そう、蒼の目を見て言った。

 蒼はぎゅっと強く目を瞑ったかと思うと、そのまま宝の脇を走って通り過ぎて行ってしまった。

 


 それから、宝が東京に帰る日になっても、蒼は宝の前に姿を現さなかった。

 

 



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