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「……で、結局どうなったんだ?」

「んーあちこちキスされまくった後で、その人が『あれ!?君誰??』って我に返ってさあ、結局恋人のテントと間違って入ってきたみたい。ああ、そのひとゲイのひとで、撮影スタッフの男のひとと付き合ってて現地で合流したんだってさ。」

 清嶺は笑顔に殺意を込めるという世にも稀な表情を浮かべていた。しかし宝は気持ち良く酔っ払ってしまっていて、そんな清嶺にはこれっぽっちも気がついていない。

 そして、えてして酔っ払いというものは、言わなくていいことまで言ってしまったりするものだ。

「………お前あっちで男に口説かれたりすんのか?」

「むかつくことにな。ほら、親父フリーになったから動物だけ撮るってわけにもいかないらしくてさあ、結構NYとかパリとかおっきい都市にいることも多かったんだよな。まああっちの人たちってスキンシップ激しいみたいだし諦めてるけど。」

「…スキンシップが激しい?」

「そうそう!あ、そういや清嶺って感情表現激しかったらモロあっちの人だよなあ!みんなお前みたいだったぜ?ハグとほっぺたにキスすんのは当たり前、少し仲良くなれば口にキスだもんな。」

「…………………………。」

 その段階で清嶺の手は怒りでブルブル震えていたことを付け加えておく。

「そういやフロリダのハイスクールの学生と仲良くなったんだけど、そいつらはもっと激しかったなぁ。よく一緒に寝ることあったんだけど時々襲われるんじゃないかって思うことすらあったもん。ああいうの裸の付き合いっていうんだろうなあ。」

 違います。ここに有朋か麻生がいればすかさずそう突っ込んでいたことだろう。…清嶺がもう少し穏やかな顔をしていればの話だが。しかし、今ここには有朋も麻生もいないし、そして清嶺の顔は凶悪通り越して無表情にすらなっている。
 実はここ2年近く、清嶺は女の家を渡り歩く生活をピッタリやめていた。それは例の宝の3ヶ月無視に懲りたということもあったが、清嶺なりに思うところがあってのことだったのだ。なのに、自重していた自分を放って、目の前の男は他の男と乳繰り合いを・・・。

 プチ、と清嶺の中で何かが切れた。大方理性か常識か何かだろうが。

「チビ、ちょっとこっちおいで?」

 ニコリ、と清嶺にしては大サービスの笑顔を宝に向けて、両手を差し出した。酔っ払っているときは清嶺に自ら絡みに行っていた宝である。当然その腕に喜び勇んで飛び込んだ。

「よしよし。じゃあ俺と裸の付き合するか?」

「おー清嶺と?いいねー!」

 宝はベロンベロン、実は清嶺も結構な酔っ払いであるに加え、限界を超えた怒り(嫉妬とも言う)。そこに理性という2文字は微塵も存在するはずがない。


 そして暗転。


 ――――――――――で、最初にその理性を取り戻したのは、なんと宝が先だった。

 しかしそれは当然と言えば当然と言える。理性を取り戻すきっかけが、

「いっっってーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!??」

 口に出せない場所の尋常でない痛みのせいだったのだから。

 そこから先は宝にとっては地獄以外の何物でもなかった。どんなにベロンベロンでも酔っ払っていた間の記憶はくっきり残っている宝である。こうなった原因が自分にもあるということは分かったが、かと言ってこうなる必然性はどこにもないだろうと本気でえぐえぐ泣きながらそう思った。

 清嶺が我に返ったのは宝から遅れること十数分。自らの欲望を吐き出した直後のことだった。宝とは違い、そうそうのことでは酔わない清嶺は逆に酔っ払ってしまうと記憶が飛ぶ。中学や高校に入った最初の頃も、二日酔いで目が覚めると、「ここはどこ?」「隣の女だれ?」というようなことは結構あった。だが、むしろ忘れても全然構わない、というより忘れた方が清嶺的には都合が良かったので、別に自分の酒癖を治そうとは思っていなかった。

 なのに、どうして今日に限ってその酒癖が出ないのか。

「………………………。」

「………………………。」

 酔っ払ったうえのアヤマチ、その場のイキオイなどなど、二人は揃って同じようなことを考えてつい数分前のことを忘れようとした。気まずい沈黙が二人に落ちる。そしてどちらともなく目を合わせて数秒見つめあった後、そういえば、と清嶺が中にいれたままの己を抜こうとした、その瞬間。

 ―――清嶺は、やられた。

 宝の痛みだか快感だかは分からないが、とにかく何かを感じて歪んだ顔に、そりゃもう心臓+下半身の一部をドキュンされたのである。ただでさえこの2年いたしていなかったのだ。清嶺は、その反動が一気に来てしまった。

「ワリぃ、チビ。」

「…へ?」

 宝の顔が歪んだのは当然痛みのせいである。が、理性を失った男にそんな自分に不都合な解釈ができるはずもなく。清嶺は宝の了解を取ることなど当然せず、最初に謝るという小狡い方法をとって勝手に2ラウンド目に突入した。

――――それから、結局清嶺はなんと宝に5ラウンドも付き合わせ、宝がやっと心身ともども休むことができたのはくっきりと夜が明けたあとだった。

 

 

 

 以上のようなことを、清嶺はかなりの部分を割愛して柏木に話した。その時間およそ1分。だが、それでも柏木の爆笑を買うくらいには宝と清嶺がそうなったきっかけがあまりに情けないことだったというのは伝わったようだった。

「…お、お前ら、馬っ鹿だなぁ!つーか藤縞おもしろすぎ!」

「……………若かったんですよ。」

 宝に恐ろしく不似合いな台詞である。案の定柏木はまた腹を抱えて笑い出し、当の清嶺すら吹き出した。

「な、なんなんだよ!おれは被害者だっていうのに!」

「被害者だぁ?何言ってんだ、結局お前もじゅーぶん楽しんだだろうが。」

「な、な、な、」

「まあまあ。結局今の藤縞と清嶺があるんだから結果オーライってことじゃん。」

 清嶺に何もされてないからそういうことが言えるのだ、と宝は奥歯をギリギリ噛み締めた。

 一度そうなってからの清嶺はまるで水を得た魚のようだったと宝は思う。あれから宝が旅立つまでの1週間、「ヤリダメだ」と言って好き放題されまくり、「これで俺とお前はれっきとした恋人だからな。浮気なんか絶対するなよ。ハグもキスも当然他の男と同じベッドで寝るのも禁止だ。したら本っっ気で監禁してやる。」と真剣に脅された。そして日本に戻ってきたかと思えば、空港で待ち構えていた清嶺に空港近くのホテルに連れこまれてあれやこれやされた。

 それから現在に至るまで、日本に帰るたびに宝は生気を吸い取られているような気がしてならない。

「つーかお前らは結婚しないの?」

「…柏木先輩本気で言ってます?」

「本気に決まってんじゃん。なあ清嶺?どうなの、しないの?」

「別に形にこだわる必要ねーだろ。」

「なるほどねー。ま、結婚してれば藤縞に近寄る不埒な輩が減るかもっていうのは俺のお節介かな。」

「………………。」

「海外だとさあ、結婚してない綺麗な子ってそりゃもう言い寄られまくるんだよなぁ。藤縞ー気をつけろよ?」

「……おい玲一。さっきからなんでそう挑発する?」

「えーーだって見てみたくない?藤縞のウェディングドレス姿。」

「な、なに言ってんですか柏木先輩!?」

「それに左手の薬指に指輪って、すっごい効果あると思うんだよな〜」

 なんつーことをそりゃもう本気な顔で言ってるんだと宝は柏木の目の前で手をブンブン振った。

「それは言える。」

「だろー?オランダ行きゃあ男同士でも結婚できるし。どう?」

 え、そうなの?と宝はその内容に驚いた。そんな画期的なことを法律上認めている国があるとは驚きである。が、現在そんなことに感心している場合ではないことに宝は気づいているだろうか。いや、気づいているはずがない。このまま行けばオランダでウェディンウドレスなんてものを着て隣の男と結婚式を挙げるハメになるというのに、コソコソ宝に聞こえないように話をしている清嶺と柏木をホケーと見ているだけである。

「………じゃあ来年の春にでも俺が予約とっといてやるよ。…上手く言いくるめろよ。カードとかはこっちで用意しといてやるから。」

「そこは心配ない。」

 宝に関する超重要事項は、宝のまったくあずかり知らぬところで決定されてしまった。

 来年の春、一人顔を青くしてあわあわしている姿が簡単に想像できるというものである。

 

「……で、善也の結婚式ってのはどこでやるんだ?俺らのとこには日取りが書いたカードしか来てないからな。」

「ああ、函館だよ。相手の人の実家がそこらしい。」

「え、そうなの!?」

「そ。函館って異国情緒溢れたとこで綺麗だぞー?教会とか外人墓地とかあって本州の雰囲気とは少し違うしな。」

「へー!東京でやると思ってたからまじ楽しみ!」

 宝は実は関東より上に行ったことがなく、当然北海道は初めてである。そして本州の人間であれば誰しも一度はあの雄大な大地に憧れるもので、宝も例外ではなかった。もともと皓の影響で自然に囲まれた所が好きな宝である。高校時代から一度は行ってみたいと思っていた場所にこんな機会に行けるとは、と宝は一気に期待に胸膨らませた。

 そんな宝に、清嶺が神妙な面持ちで口を開いた。

「……チビ、あの葉書の男、北海道じゃなかったか?」

「…………………あ、」

「中標津、だったよな。おい玲一、中標津ってのはどの辺だ?」

「北海道の東端にある海辺の町だよ。空港あるし、札幌からなら飛行機で行けるんじゃないか?」

「…だとよ、チビ。行くなら俺も着いてくけど、どうする?」

「……………行く。」

 宝がそう言うと、それを予想していたかのように清嶺は小さく笑った。そんな清嶺を見ながら、宝は3年前に出会った6つ年下の男――古我知蒼(コガチアオ)のことを思い出していた。

 

 


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