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「藤縞〜〜!元気だったか〜〜!!」

 

 27歳になったはずの柏木玲一は、高校の頃となんら変わらない顔で、そして高校の頃と全く同じように宝にガバリと抱きついた。抱きつかれながら、その余りの変わらなさにもしかしたら人間じゃないんじゃ…と宝は半ば本気で思う。だが柏木にしてみれば同じことを宝に言いたかったにちがいないのだが。

「つーか、お前びっっじんになったよなあ。なんか役得役得。」

 このナチュラルに失礼なところも全く変わっていない。

「アハハ〜俺も柏木先輩見てどこの女王様が現れたのかと思いましたよ。」

「…………お前だんだん口悪くなってくよな。」

 寮で鍛えられましたからね、とは宝が心の中で呟いた台詞である。その鍛えた張本人である柏木は、現在父親について会社の経営に携わっているらしい。会社と言ってもその規模は日本のトップ3に上げられるほどの大会社で、そしてさらにとんでもないことに、柏木は海外支社の支社長を27という若さで勤めている。

 その、いつもはNY支社にいるはずの柏木が何故日本で宝に抱き着いているのかと言えば。

「…つーか、善也が結婚するとは思わなかったぜ。」

「ほんとだよなぁ。まさかこの俺より先に嫁さんもらうとは予想してなかった。」

 あの、柏木のお守をまかされていた(柏木自身は否定するだろうが)奥野が結婚することになったからである。ちなみに宝が日本に帰ってきたのもそのためだった。さすがは奥野という感じで、今から1年も前に結婚式の日取りを決めた奥野は、そう簡単には日本に帰って来れない宝のためにいち早く連絡をくれたのだ。それで奥野の結婚式がある月には仕事を入れないように予定を組むことができ、現在に至るというわけである。

「そういうこと言ってんじゃねぇよ。俺はあいつはお前の従者をずっと続けてくんだと思ってたってことだよ。」

「さー?そんなこと俺に言われてもなぁ。」

 柏木はそう言って笑っているが、実は宝も清嶺と同じようなことを考えていた。なんとなく、そこはかとなくではあるが、奥野はずっと柏木と一緒にいるのだと思っていたのだ。

 高校を卒業してから、宝はすぐに皓に着いてカメラの世界に入ったため、柏木と奥野のことは清嶺から聞く限りのことしか知らなかった。ただ大学時代二人が同じマンションに住んでいて、奥野は柏木の世話を毎日やいているということは奥野と年に数回するメールの内容からうかがえた。だが宝は21のときから皓から離れ、戦場カメラマンとして通信設備のほとんど整っていない場所に行くようになったため、ここ5年ほどは直接連絡をとることはほとんど不可能になったのだ。

 だから半年前、宝と清嶺のマンションに結婚式のカードが届けられたときには腰を抜かすほど驚いた。

「まあ俺もそのうち見合いとかで結婚させられそうだけどな。」

「…柏木先輩付き合ってる人いないの?」

「うっわ、藤縞からそういう台詞聞くのすんげぇショックなんだけど。」

「え、あ?」

「つーか俺から見れば、お前らいつからそういう関係になったんだあ?高校んときは限りなくギリギリだったけど違かったよなあ?」

 いきなり自分たちのことに話を振られて宝はウッと声に詰まる。ただでさえ色恋話は大の苦手な宝だが、清嶺とのなれそめやら何やらを聞かれるのが一番苦手だった。何故なら宝本人ですらあまり思い出したくないからだ。

「なあなあそこんとこどうなの清嶺?」

「…関係ねーだろ。」

「いいよーじゃあ藤縞に聞くから。酔っ払わせれば吐くだろうしな!」

「ヤメロ。」

「じゃあお前が吐け。」

「…………………………………。」

 本気でイヤそうな顔を柏木に向けてから、清嶺はしぶしぶ口を開いた。

 

 宝と清嶺の仲がどう見てもただの友人ではなかったのは高校のときからではあるが、それがどうして現在のような関係に至ったかと言えば――――清嶺のご乱心のせいである。

 宝が21、清嶺がまだ20だった5年前の夏、宝が初めて堂島のアシスタントとして中東に行くことになった年のことである。それまで皓の助手として世界中を回っていた宝だったが、中東に行く前の1ヶ月はずっと日本に滞在していた。それは堂島との綿密な打ち合わせのためということもあるが、清嶺のご機嫌取りということもその大きな要因だった。

 清嶺は高校を卒業した後、順当に日本最高学府の法学部に入学した。どうやら外国へ出される危険は回避できたらしく、そのことは喜んでいた清嶺だったが、宝が大学へ行かずに皓に着いて行くと知ったときの清嶺足るや…凄かった。伝えた直後は、別に「へぇ」と言ったのみで宝に何も言うことはなく、そのことに少し物足りなさを感じながらも、こんなものかと宝は一人落ち込んでいたのだ。だがその翌日、落ち込みは綺麗さっぱり地平の彼方に追いやられた。朝になっても布団から出ようとしない清嶺に宝が声をかけようとすると、「俺を捨てるような奴なんざどっかいけ」と寝起き一番言いくさった。

 そしてそれからきっかり3日間清嶺はフテ寝した。そんな清嶺の機嫌を取り戻すべく、宝はあらゆることを試してみた。最初にとにかく甘やかそうと食事やら風呂やらの世話をしてやることから始め、それでも駄目となれば自ら抱き枕となることを買ってでてみた。が、それでも清嶺の機嫌は戻らず、一体これ以上何をすりゃあいいんだ!と頭を抱えたところで、

「2週間に1回絶対俺に会いにくると約束すんなら起きてやってもいい」

 と来た。そしてそのとき相当切羽つまっていた宝は清嶺のその条件をバカなことに呑んでしまったのだ。
 自然と向き合う皓の撮影スタイルは当然清嶺の言う条件など果たせるようなものではない。宝もいくら清嶺のお願いとは言えそんな皓をほっぽいて日本に戻れるほどカメラに興味がないわけでも、仕事に責任がないわけでもなかった。なので、4月の段階でその約束はおじゃんになり、やっと撮影場所が変わった5月の半ばになっておそるおそる清嶺に会いに行ってみれば、合鍵を渡されたマンションの部屋に清嶺はいなかった。すぐに携帯に電話してみるが出ない。こりゃあ相当怒らせたか、ととにかく清嶺を待とうと部屋で待つこと数時間。ただでさえ撮影の疲労がたまっていた宝は待ち疲れて完全に眠りこけた。

 清嶺が部屋に戻ってきたのは宝が来ておよそ半日は経った後で、部屋に帰って宝がいたことに清嶺はそりゃもう驚いた。4月に宝が帰ってこなかったことにフテ腐れた清嶺は、中学時代に逆戻りしたかのように女の家を渡り歩く生活を続けていた。浮気して帰ってきてみれば家に妻がいたっていうのはこういう感じなんだろうかと清嶺にしては馬鹿なことを考えつつ、宝を揺すり起こした。

 そして起きた宝が口頭一番言った台詞は「香水臭い」。その香りに清嶺が今までどこで、しかも何をしていたのか分かった宝は目が据わり、その3秒後に言った台詞は「帰る」だった。そんな宝の腰を掴むことでなんとか引き止めた清嶺だったが、それから1時間後トイレに行っている隙に宝にまんまと逃げられた。

 そしてそれから3ヶ月、宝は清嶺に連絡することもましてや日本に戻ることもなかった。

 あの時ほど後悔したことはなかったと清嶺は後に語る。そんなことがあってからと言うもの、清嶺はおいそれと女の家に行くことはできなくなり、やたら健全な学生生活を送るハメになったのである。ただそれが例の決定的な出来事を引き起こす原因となったとも言えるため、つまりは諸悪の根源は宝自身にあったとも言えるのかもしれない。

 そんなこんながあって宝21、清嶺20の夏。久しぶりに日本を満喫していた宝はその間ずっと清嶺のマンションで暮らしていた。撮影の間は野宿がほとんどだった宝にとって、久しぶりの快適で清潔なベッドはとにかく居心地が良かった。久しぶりに幼馴染たちに会いに行ったり、有朋や明里たちと遊んだりもして、ひどく機嫌がよかった。

 そして宝が中東へと旅立つ1週間前の夜。宝に清嶺、そして有朋、久住、麻生というメンバーで清嶺のマンションで飲むことになった。向こうで酒を飲む機会は多分にあったようで宝は前よりはマシに飲めるようになっており、清嶺はそのことにそりゃもう安堵した。飲めばいつも尋常でない絡まれ方をされてきたのは紛れもない清嶺だったからである。そんな、穏やかに過ぎていくように思われた飲み会が一転、5人にとって一生忘れられない飲み会になったのは、やっぱりというか宝の発言が原因だった。

 

「なあ藤縞ー、向こうで男にからまれたりせぇへん?皓さんいるから大丈夫やとは思うけど。」

 別に有朋は何か他意があって聞いたわけではなかった。ただ宝の顔が可愛いのは世界共通だろうと思ってちょっと聞いてみただけだった。それが、宝のとんでもない発言を引き出すとも知らず。

「あーあるある。親父とずっと一緒ってわけにもいかないしさ。」

「うわー、でも藤縞ケンカめっちゃ強いし大丈夫やろ?」

「まあね。あぁでも前さあ、起きたら隣に裸の男がいたことがあったんだよ。」

「―――ハ!?」

「え、それまじ、藤縞?」

「…………………。」

「まじまじ。したら俺も服着てなくてさぁ、びびったびびった。急いでその人起こしたら、いきなり『マイスイートハニー』とか言って抱き着いてくるし。あれにはさすがの俺もまいったよ。」

 アハハハハハ!!と宝は豪快に笑った。

 清嶺を除く3人は、その発言にとにかく驚き、そしてその0.1秒後にただならぬ空気を撒き散らしているひとりの男に否が応でも気がついた。
 まず最初に行動を起こしたのは麻生。「じゃ、じゃあ俺と渉はもう帰るな!!空港まで見送りに行くからな藤縞!」と言って久住の手をひいてドタバタと玄関に走っていった。そして一人遅れを取った有朋はひたすら悩んだ。ここで宝を見捨てていいものか、と。だが、ちらりと清嶺の方を見遣り、即効「じゃあ俺も帰るわ!」と全速力でマンションから逃げ出した。


 清嶺のマンションを出てすぐの道路で遭遇した3人は、揃って清嶺の部屋を見上げて合掌した。

 無事でいろよ藤縞、と。

 

 


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