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 宝と清嶺はオフィスラブ真っ最中という表現が相応しい格好をその時していた。
 具体的には清嶺のデスクの上で……以下省略。とりあえず、誰が見ても机の上の二人はただならぬ関係と分かるような状況だったのだ。そんな状況の清嶺のオフィスに飛び込んできたのは坂野事務局長(33歳女・独身)と安部弁護士(37歳男・既婚)だった。なぜ入ってきたのかと言えば、清嶺のオフィスから女性事務員が泣きながら出てきて、それを目撃した上記2人が清嶺を問い詰めにきたというのが理由である。

 その結果二人はとんでもない場面に遭遇してしまったというわけだった。

 

 坂野冬子は思った。

 入ってきたときから弁護士にあるまじきルックスに驚いてはいたのよ…。それに事務員がうつつを抜かすのも仕方ないと思っていたわ。どうせさっき泣いてた子もこっぴどく振られでもしたんだろうとは思ってたわよ。目の前にいるやたら綺麗な彼の奥さんがたまに保坂弁護士の手伝いに来るようになってから事務員のほとんどは諦めたっていうのに、どうしてあの子は諦めなかったのかしらね。ああ不思議だわ。…ってそんなこと回想してる場合じゃないわよ!

 

 安部貴一は思った。

 まあいくら泣いてたとは言え保坂くんが何かしたとは思ってないよ?ただ女の子泣かせるようなこと言っちゃ駄目だと思うんだよなあ。あの子入社したときから保坂クンに入れ揚げてたんだしさ。結構可愛い子だったし、好き光線出しまくってる子だったから上手くいけばいいなあなんて思ってたけど、この子が奥さんじゃねぇ…。いつだっけ…2、3年前だっけかこの子が事務所訪ねてきたの…あん時は男連中揃って目が血走ってたもんなぁ…。ってそんなこと考えてる場合じゃない!

 

「何やってるんですか!!」

「何やってるんだ!!」

 

 と、二人同時に同じことを叫んだ。

「ほ、保坂弁護士、事務所でそういうことに及ぶのはどうかと思いますが。」

「そ、そうだよ。あと女のコ泣かせるのもどうかと思うよ。」

「………泣かしたの俺じゃなくてコイツですけど。」

「「………は?」」

 二人は同時に未だ清嶺の下で硬直している宝を見た。

「あの事務員がコイツの目の前で俺に言い寄ってるのに嫉妬したみたいで。それでコイツ怒鳴ったんですよ。」

「「………え?」」

「まあ許してやってくれません?あの事務員コイツに向かって「ガキ」って言ったり、俺にも「ロリコン」とか言ってきたんで。さすがの俺もブチ切れそうでしたし。できれば俺のオフィスには出入り禁止にしてほしいんですが」

 そうまで言われては二人もそれに反論することはできない。そ、そういう事情なら仕方がないか、と安部は清嶺のオフィスを出ていこうとしたのだが、坂野は未だ出て行こうとはしない。そのことに内心首を傾げていると、坂野が口を開いた。

「それについては了解いたしました。私の方から注意しておきます。しかし、現在お、お二人がなさっていることはまた別の問題だと思うのですが。」

 そう言って坂野は清嶺にキツい視線を向ける。

「いくら保坂弁護士のオフィスとは言え、そう言ったことをするのは」

「マッサージですよ?」

 ニコリと笑みを浮かべて清嶺はそう言った。

「腰が痛いと言うのでマッサージをしようとしていたんです。」

「………………保坂くん、それは無理があ」

「マッサージぐらいしてもいいですよね?」

「「………………・。」」

 安部は3年ほど前の清嶺を思い出す。奥さんがヨルダンで行方不明になっていたらしいと後で知ったが、その時の清嶺は事件の相手方弁護士どころか同僚すら避けて通りたくなるぐらいだった。清嶺の母親であるここの所長弁護士はそれを利用していたところも多分にあったが。

 別に今はまったく尖った雰囲気は纏っていない。が、この有無を言わせぬ空気はそれを彷彿とさせるものがあると思った。

「……分かったよ保坂くん。じゃあこれからマッサージするときは鍵を閉めておくこと。あと、ここ防音じゃないからね。…じゃあ坂野くん行こうか。」

「え?……あ、ハイ。」

 まだ納得できていない様子の坂野を押しやるようにドアの外に出し、そしてその後ろから安部も清嶺のオフィスの外に出た。そしてパタリとドアを閉めて、ハア、と大きく溜息をつく。もう二度とこのオフィスには足を運ぶまいと思った。

「安部弁護士…よろしいんですか?」

「僕は馬に蹴られて死にたくないからね。綺麗すぎる奥さんっていうのも考えものってことかな。」

 そう言って乾いた笑いを残しながら、安部は疲れた足取りで自分のオフィスに戻った。そして椅子に座り、机の端に置いてある家族写真を手に取る。そこには安部とその妻、そして現在3歳になる子供が写っている。

「……お世辞にも美人とは言えないけど、僕は君ぐらいがちょうどいいや。」

 妻が聞いていれば確実に怒り狂うに違いない台詞を、安部は神妙な面持ちでぽつりと呟いた。

 取り残された坂野も事務所の中心にある自分のデスクに戻った。別に時間にすれば5分も経っていないはずなのに、坂野はものすごい疲労感に襲われた。

 そして坂野は思う。顔のいい男なんてロクなもんじゃないわ、と。現在坂野はハンサムとは口が裂けても言えない同い年の男から求婚されていたが、それを受けてもいいような気にさせられた5分だと思った。

 

 

「…清嶺、おれはもう絶対手伝いになんか来ないからな。」

 二人が出ていってようやく我に返った宝は、半分涙目になりながら清嶺を睨みつけた。恥ずかしくて死にそうだと宝はソファーに突っ伏して頭を抱える。3年前からこの事務所は宝にとって鬼門以外の何でもない。

「なんで?よかったじゃん最中見られたわけじゃねーんだし。」

「いいはずあるかっっ!!」

「まあまあ。つーか法廷行く時間だ。チビ、荷物。」

「あ、わかった。」

 この単純さが宝の長所でもあるが致命的な欠点であることも間違いない。そしてそのことをこの10年で知り尽くしている清嶺は宝の扱いなどお手のものだ。なんだかんだと言いくるめれば明日だって清嶺の手伝いをするに決まっている。

 そんな宝に小さく笑いを浮かべつつも、清嶺の荷物の準備をしている宝を清嶺は優しい目で見つめていた。





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