「…ここにいた」

 聞こえた声に、驚くことができない自分が嫌だった。むしろ、ああ、やはり夏は自分を追いかけてきてくれたと当然のように思ってさえいる自分に、どこまでも嫌気が差した。
 そして、後ろから日高を抱きしめる、その慣れすぎたあたたかさに、どうして自分はこうも愚かなんだろうかと日高は自分を詰った。

「俺が好きなのは、日高だけだよ」

「やめろ」

 無意識にきつい声が出たのは、これ以上堕ちたくないと心のどこかで思ったからかもしれない。
 慣れてしまったあたたかさに溺れそうになる自分を――溺れてしまいたくなる自分を、どうにかして浮かび上がらせたかったのかもしれない。
 羊水のようなあたたかな海を与えてくれる綺麗過ぎる夏から、自分を。
 心も体も、そのなにもかもが汚れきった矢代日高という存在を、夏から引き離すべきだと。

「もう、やめろ。夏」

「…やめないよ、絶対」

「……なあ、気づいてるだろ?お前は、俺のために無理するんだ。しなくていい無理を、俺のためにしちまうんだ。俺だって馬鹿じゃない。お前が自分から兄さんを抱いたなんて思ってない。でも、お前が兄さんを抱いたのは、絶対に俺のせいなんだ。そうだろ?」

「日高――」

「俺はお前を愛してるよ。多分お前が俺を思ってるよりずっとだ。自分でもおかしいって思うぐらいに。…だから、夏。俺は、お前を俺から解放してやりたい」

 日高には見える。
 夏の背中に生えている二枚の綺麗な羽が、己のせいで細い糸に雁字搦めにされている様が、はっきりと見える。きっと、日高があまりに夏に焦がれすぎて、夏自身気づかないうちに日高が放った細い糸に絡まってしまったのだ。
 ――夏と離れたくなんてなかった。離れるつもりも微塵もなかった。
 でも、夏と離れなければ、夏は、日高のために夏自身すら日高以外の誰かに差し出すだろう。
 たとえば、夏が陽を抱いたように。

「……ク」

 ――己の傲慢さに、吐き気がしそうだった。
 夏を誰にも渡したくなくて、夏を解放するだなどと字面だけは綺麗な台詞を吐いている自分に。
 そして、これほど傲慢であるにも関わらず、夏と離れるという事実に絶望しているおこがましい自分自身に。

「…ねえ、俺がどんな気持ちであの人抱いたと思う?」

「―――」

「あの人、自分を抱かなきゃ日高のことを父親に悪く言うって。俺は、あの人が望むとおり抱いてやった。喉までその日食べた物がせりあがってくるの、何回もこらえて」

「………」

「その次の日も、自分を抱けってあの人俺に言った。言われた途端、トイレに駆け込んで、吐いた。それで、ああもう無理だって思った。だから、知り合いに頼んで幻覚剤持ってきてもらって、それ飲ませて、その知り合いに抱いてもらった。クスリのせいで、あの人、俺とセックスしたって思ってるはずだ」

「ナ…ツ」

「……最低でしょう、俺は」

 ひゅっと息を呑んで、そして、夏を見た。
 目の前の幼馴染はその顔も声もすべてが以前のままなのに、確かに以前の幼馴染じゃなかった。
 世の中のありとあらゆるものから守ってやりたかった、どこまでも綺麗な幼馴染は、いつの間に、こんな。
 ――こんな。

「ご、め…ん」

 自分の、せいだ。
 あの、奥底まで見えてしまいそうな透き通った瞳を持っていた人間を、こうしてしまったのは、何もかも自分のせいだ。
 ほかの誰でもない自分自身が、聖人のように美しかった幼馴染を、自分の下まで、堕としてしまった。

「…馬鹿なこと、考えてないよね」

 はっと我に返り、後ろにいる夏を振り返る。夏は、いつもしているような酷く冷たい表情をその顔に乗せていて、日高は焦ったように口を開いた。

「なに、も。何も考えてな…」

「日高」

 ――ヤバい。そう思った時にはもう遅かった。
 気づけば体はブランコの椅子から離れていて、そしてその後ろにあった暗い茂みにそのまま引き摺りこまれていた。

「っ…ナ、ツ!」

 うつぶせに倒れた日高を押さえ込むようにして、夏は日高に覆いかぶさってくる。

「何」

「何じゃな…ア、ッ、」

 するりとシャツの間に入ってきた夏の右手が、胸の尖りを掠める。その感触に思わず声が出て、日高は自分の手で口を覆った。だが、そうする間にも夏のもう一方の手は日高のベルトを緩めていて、止める暇もなくジッパーが下ろされる音がした。

「……っっ!?」

「…いつもそうだ。日高は、俺の知らないところで、俺にとって悪いことばかり考える」

「…ァ、あ、やめ…っ」

「絶対に、やめない。コレも、日高のことも」

「…っ!」

 なんの潤いもない後腔に、ずぶりと夏の指が入る。夏は時々こうして乱暴に事に及ぶことがあったが、それでもただ痛みを与えるだけの行為は一度もしたことはなかったように思う。強すぎる力で繰り返し中を掻き回し始める指に、日高は思わず息をつめた。

「痛くても感じるんだよ、日高は。だってほら、勃ってきてる」

 ことさら羞恥を煽るような夏の台詞に、日高はカッと耳まで顔が赤くなる。だが、確かに夏の言葉どおり日高のそこは明らかに反応を示していて、日高は羞恥に耐えるようにギュッと強く目を瞑った。
 そんな日高の内心に構うことなしに、日高の性器は夏の手に擦られて濡れた音を立てる。そして日高の後ろに入っていた夏の指がずるりと抜かれたかと思うと、ほとんど馴らされていないそこを容赦なく夏の性器が貫いた。

「ヒぃッ!!」

「痛い?でも我慢して、日高。これは罰だよ」

「…ッア、あぁッ」

 夏が動くたびに、このまま気絶できそうな痛みが容赦なく日高を襲う。当たり前だ。何の潤いもなく突っ込まれれば、女と違って勝手に濡れることのないそこは簡単に裂ける。
 だんだん濡れた感触がしてきたのは、きっと裂けて血が流れたせいだろう。

「ンッ…ア…ッ」

 だが、それでも。
 それでも己は感じるのだ。体の中に夏の性器が入っているというだけで、多分己は達くことができるだろう。どんな痛みも、どんな辱めも。夏との交わりの前では無に近いのだから。

「…いやらしいね、日高は」

 そんな夏の笑ったような声と同時に、日高は達した。



 快感で震える体を冷まそうとうつぶせた地面は、土と草のにおいがした。

 

 




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