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「俺の母親は俺が8つのときに死んだ。今の母親は俺が中1んときに親父の後妻に入った女だ。・・・その女、俺に色目使ってきやがった。だんだんエスカレートしてきて、夜俺の部屋に入ってくるようにすらなった。それで、あんまり気持ち悪ぃから、オヤジにマンションくれって言ったんだ。新婚を邪魔したくねーから家出てくって。そしたら即効頷きやがった。」

「そんな家いる価値ねぇだろう?だから、家を出ることに決めた。もともとやりたいこともあったからな、金ためて、高校卒業したらアメリカ行こうと思った。・・・そのために、金が必要だった」

「・・・こんなツラしてるせいで、夜の街にいきゃあ絶対誰かが声かけてきた。女も、それに男も抱いてくれって寄ってきた。・・・だから、ならそれで金を稼げばいいんだって思いついた。」

「中2んときは一晩10万、中3で20、高1で30、どんどん値を吊り上げていっても、俺に寄ってくる女も男もうるさいくらいいた。別にどーでもよかった、好きだなんて思うやつもいなかったし、貞操観念も恐ろしく薄かったからな、何人も同時に客をとった。」

「アメリカ行くために、3000万貯めようと思った。もう2900万貯まった。だから、今はカイトと・・・お前が校門で見たあの女だけが俺の客だ。女はどっかの会社の社長で、カイトも作家だからな、金払いがよかった。あと何回か寝れば、あいつらともオサラバだ」

 



 淡々と――けれどどこか切実に話し続けるスイの話をナギは呆然と聴いていた。
 スイの話は、まるで現実味がなかった。
 それまで何も、そう、両親のことすら知らなかったスイのことが、一気に脳みそのなかに入ってきて、ナギはそれを記憶として頭の中に留めるのに相当苦労した。
 ――知りたい。まるで祈るようにそう思っていたスイのことを知ることができたというのに、ナギの心は微塵も喜んではいなかった。
 だってそうだろう?
 何がスイをそうさせたのかは分からないが、それでも、スイがしてきたことに「大変だったね」なんて簡単に言ってしまえるほど、ナギはスイのことを好きでないわけではなかった。

 そのことに、何故か泣きそうになるのを堪えなくてはならないほどには、好きだったのだ。

 

「・・・アメリカで、なにすんの?」

「・・・・・・・・・植物の研究」

「植物?」

「・・・ああ。木とか花とか」

「そっか」

 きっと、似合うだろうなと思った。
 緑溢れる森も、光が差し込む林も、そして一本の花でさえ、スイには似合うに違いなかった。

「お前は?」

「・・・へ?」

「ナギは何かあるのか?やりたいこと」

 やりたいこと。
 ―――それならあった。
 でも、それよりも、ナギには欲しいものがあったのに。

 それが、けして手に入らないということを、ついさっき知ってしまった。

「笑えよ、スイ」

「は?」

「笑ってくんない?」

 スイが困ったようにナギを見ている。そんなスイに向かって、ナギは自分にできる最高の変な顔をしてみせた。すると、ブッとスイが噴出して、声を上げて笑った。

「・・・それ、見たかったんだ」

「は?つ、つーかさっきの顔、どーやったんだ?」

「企業秘密」

 すると、スイはまた堪えきれないように笑って、そしてまた、あのときのような綺麗な笑顔を見せてくれた。

 ああ、ほんとに綺麗だとナギは思う。
 もうずっと知らなかったそのあたたかい笑みは、ナギが欲しかった一筋のひかりだった。

 

「・・・スイ、今度一緒に吉本行こーぜ」

「吉本って・・・大阪の吉本のことか?」

「そう。お笑いライブ見ようぜ。で、大笑いしてくれよ」

「・・・相変わらず、なんかお前「いい」よなあ」

「それはよくわかんねーけど、俺の将来がかかってんだからな」

「そーかよ。なら夏休み入ったら行くか?」

「おう」

 

 

 そのひかりを―――スイを描きたいと思った。

 







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