16−タカラ


 

 清嶺が、何故今俺を押さえつけているか、その理由を俺はよく知っている。

 俺の何もかもを知っているはずだった清嶺にとって、清嶺が知らない誰かとの交流は許せないというだけだ。

 

 俺に強い独占欲を燃やし、同じくらいの優しさをくれる清嶺は、たった一つ、俺が本当に欲しかったものだけはくれなかった。

 それは、全部亜矢子さんのものだったから。

 なら、俺がそれをくれる人を望んで何が悪い?

 あの人が俺を本当に愛してなんていなくても、それでも、あの人は俺にとって精神安定剤なのだ。

 誰も愛することができない人なら、清嶺に抱くような感情を持たずに済むのだから。

「…なんでそんな顔してる、清嶺?お前と一緒なだけだろ?」

「……あ?」

「お前に亜矢子さんがいるように、俺にも誰かがいるだけだ」

 途端強張る清嶺の顔を、俺はもしかしたら誰より残酷な気持ちで見ていたのかもしれない。

 きっと、清嶺が、俺が清嶺以外の人に縋るのを何より嫌がるだろうことは知っていたのだから。

 けれど、もう俺は耐えられなかった。

 俺の手を振り払って家を出て行った親父も、俺のことをどうでもいいと言い捨てた清嶺も。

 結局、いつかは俺の傍から離れていく。その手を自分から離すことができないなら、他の誰かの手に縋るしかなかった。

 そうすることで、きっと、俺は清嶺の手を離さずに済む。

 その手を離されることに怯え、殺してくれなんて清嶺に言わずに済むのだ。

「・・・清嶺、そんな顔するなよ。これが、一番いいんだ」

「・・・なにがいいんだよ」

「耐えられらんなくなって、お前の傍離れるより、ずっといいだろ?」

「何に耐えられねーって言うんだ?あぁ!?」

 激昂している清嶺の顔を、なんでか綺麗だなんて思いながら、俺は清嶺の頬に手を当てた。

 

「清嶺はさ、一つしか大事なもの、持てないんだよ。その一つのためなら、他の何も、誰も、多分清嶺自身だってどうでもいいんだ。俺はさ、多分お前のことが好きだから、あん時みたいなこともう一回されたら、多分お前のこともう信じらんなくなる。だから、俺にも逃げ道くれよ?お前がああなっても、お前の傍にいられる精神安定剤ぐらい、あってもいいだろ?」

 

 お前が、世界中のすべてを信じられなくなっても、唯一人縋れる人がいるように。

 

 

 

 

 

 変わらない日々が続いている。

 俺は相変わらず308号室にいるし、清嶺も同じ部屋にいる。学校でも、俺は一番清嶺のそばにいるし、学校の外でも、清嶺は俺と一緒にいる。

 そして、1ヶ月に何度か、清嶺は亜矢子さんに会いに行く。

 


 変わったのは、同じように、1ヶ月に何度か、俺がイチさんに会いに行くということだけだ。

 そして、俺が時々清嶺と一緒に亜矢子さんと食事を取るように、俺とイチさんが出かけるときに清嶺が一緒についてくることもある。

 その時、清嶺は絶対に俺の隣から離れようとはしない。

 そのことを、イチさんは別に何とも思っていないようだ。二人だけで会った時、むしろ面白いとさえ言っていた。

 

 けれど、最近思うときがある。

 清嶺と亜矢子さんの絆の深さが、その過去と血のつながりにあるとしたら、俺とイチさんの絆は何で深めればいいんだろうと。

 俺がそう聞いたら、イチさんは笑って俺の目じりに軽く口付けた。

 

「簡単だろ?」

 

 そうかもね、と俺も同じように笑って、そしてゆっくり目を閉じた。

 

 

  

  

                                                                       End.







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