後編


 

「ねえ、買い物付き合って。暇なんでしょ?」

「へ?」

「お兄ちゃん、登校日で帰ってくるの夕方なの。だから付き合って」

 数人が居間のリビングでテレビを見ていると、そんな声が上から降ってきた。見上げてみると、思ったより近い距離に、一居の妹の三重の顔がある。ふむ、やっぱりこの子は美少女だなと思いながら、数人はそういえば今何て言われたっけ?と内心首を捻った。

「もう、ほんとトロい。ほら、さっさと行くわよ!」

「へ?…あ、ああ!ちょ、ちょっと待った三重ちゃん。俺財布持ってこないと」

「そんなのいらないわよ。パパからカードもらってるから私が奢ってあげるわ」

 その台詞は、数人の小さなプライドをぐさぐさ刺激した。が、所詮は人より数倍小さいプライドである。立ち直りも早い。

「ほら、タクシーもう呼んであるんだから急いで!」

「あ、うん」

 ――早いというよりは、忘れっぽいというのが正しいが。

 


「あ、ねえコレはどう?」

「似合ってるけど…こ、これ以上買うの?」

 そう言って、数人は両手に持たせられているいくつもの紙袋を軽く上げてみせる。

「当たり前じゃない。いつもより少ない方よ?あ、店員さーん、コレ試着させて」

 そう言うと、数人より10は年上だろう男の店員が、ニコニコと三重の方に寄って来る。どうやらこの店で三重は常連らしく、通されたのは通常の売り場の奥にあるスペースだ。こんな高級そうな店に子供服が置いてあるのかとも思ったが、この豪胆な買い物の仕方を見るにそうらしい。
 世の中色んな人間がいるもんだ、と数人は自分一人がこの空間で浮いている気がするなあとホケーとした。

「…ちょっと、かずちゃん!!ボーっとしてないで、行くわよ!」

「へ?もう終わったの?」

「そう。あ、荷物全部送ってもらうことにしたから。これからランチ食べにいきましょ」

 そう言って三重はニッコリと数人の腕にしがみついてくる。
 数人は、買ったものを送ってもらうなんて普通海外に行った時ぐらいしかねーだろ…と思いながら、三重に引っ張られるがまま歩を進めた。

 



「かずちゃんって全然食べないのね。お兄ちゃんなんてかずちゃんの倍は食べるわよ?」

「…や、なんか緊張しちゃって」

「緊張〜?アハハ、変なかずちゃん」

 絶対変でも何でもないだろう!と数人は心の中で独り言ちた。
 真昼間から、ムーディーな照明に照らされるような高級フレンチレストランになぞ数人は一度も入ったことはないのだ。
 それに比べ、この11歳の子供の堂々たる態度。
 うーむ、見習うべきだな、と数人は心中首を縦に振る。

「でも、お兄ちゃんと結婚なんて大変そうね、かずちゃん」

「…えっ?」

 しまった、聞いてなかったと数人はとりあえずにへらーと笑ってみた。

「お兄ちゃん、すっごくモテるのよ。私とお買い物してるときも携帯がひっきりなしに鳴ってるの。もちろん取らないけど」

「へえー。まあ、確かにカッコいいもんなあ」

「そうなの!あ、カッコいいのって顔だけじゃないのよ?私2年くらい前まで、お兄ちゃんと一緒じゃなくっちゃ眠れなくって、でもお兄ちゃん絶対一緒にいてくれたわ。それでクリスマスも私と一緒だったから彼女に怒られたって言ってたけど」

「ああ、そうかも」

「フフ。でもね、お兄ちゃん一度も振られたことないのよ。いっつもお兄ちゃんが振るの」

「へ、へえー」

 なんて羨ましい人生なんだ…っと数人はこっそり拳を握る。が、目の前の少女の並々ならぬ兄への憧憬というか尊敬ぶりに、数人は微笑ましいなあと知らず顔を綻ばせた。

 すると、三重がきょとんと目をパチクリさせる。

「…どうかした?」

「……ふうん。ねえ、かずちゃん。ソレ、あんまり他の人に見せない方がいいよ?」

「へ?」

 訳が分からず怪訝な顔をすると、三重はクスクスと小さく笑った。

「いいの分かんないなら。あ、デザート頼もっか!すみませーん」

 なんだ?と数人は思いながらも、それが初めて会った時とは違って柔らかい笑い方だったので、どこか安心したように数人は残っていた肉をパクリと口に入れた。

 


 家に戻ってきたのは夜の7時過ぎだった。
 小さい子をこんな時間まで連れまわすなんて!!と怒られるとばかり思っていた数人だったが、逆に「三重に付き合ってくれてありがとう〜」と冴子に感謝され、変に恐縮してしまった。そのまま夕食を食べ、すこぶる疲れていた数人は一足早く自室に戻った。
 風呂から上がり、ベッドの上にバタンとうつぶせに倒れこむ。このまま眠ってしまえーとタオルケットを体に巻きつけ、数人はすうっと寝入った。
 ――おやすみ3秒。
 数人のためにあるような言葉である。
 なので、それから1時間ほどして、数人のベッドに忍び込んだ人間がいたのも当然気付かなかった。

 

 ―――ぴぴぴぴぴぴぴ。

「…んあー…?」

 聞き覚えのない目覚ましの音に数人はむにゃむにゃと目を覚ます。顔を枕から上げてみれば、そこには見覚えのない可愛らしい目覚ましが置いてあった。ひよこ型のそれは、どうやらくちばしの所が音の発生源になっているらしい。は〜可愛いもんがあるもんだ〜と感心しながら、数人はふわあと一つ欠伸をこぼした。
 そこに、ガチャ、とノックもなしにドアが開く。

「おい嫁、さっさと目覚まし止め……」

 やはり一居だったかと数人はもはや驚かない。いつものコレが一居の数人へのちょっとした嫌がらせだということを数人は当然気付いていないが、これから身に降りかかってくるであろう厄災のことも当然気付いていなかった。

「…ああ、おは…」

 

「なんでテメェのベッドで三重が寝てる?」

 

 は?と思う暇もなく、鬼のような形相をした一居がずんずん数人のベッドに近寄ってきた。
 ほとんど本能で数人はベッドの上を後ずさり、壁に背をつく。そして、気付いた。自分以外の誰かがこのベッドの上にいることに。

 

「おはよ、かずちゃん」

 

「……三重、ちゃん?」

 

「…おい数人。どーゆーことだ?」

 

 おどろおどろしい空気。地の底を這うような低い声。
 これで逃げなきゃ馬鹿だろう、と数人は思った。

 そう思う思考回路こそが馬鹿の証明なのだと、多分数人は一生気付かない。

 

「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 数人は脱兎した。そりゃもう物凄い勢いで。当の一居すら呆気に取られるようなスピードで。

 





「ねえ、お兄ちゃん。あの子、私気に入っちゃった」

 フフフ、と枕を抱えながら三重が一居に微笑む。

「…俺の嫁をか?」

 ク、と笑いながら一居は三重の頭をぽんと撫でた。

 そういえば、あいつを名前を呼んだのは初めてだったと思いながら。

 

 

 高田(戸籍上は土屋)数人18歳。

 11歳の少女に「あの子」呼ばわりされる男である。

 

 

  

                                                    End. 



HOME  BACK  TOP

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送