タカタ君の非日常的日常A







刑法第176条

十三歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上七年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

 

 

 

前編


 

 高田数人――もとい土屋数人、土屋家7日目の朝が来た。
 昨晩、夕飯の席で「明日の朝、ビッグニュースがあるからね、かずちゃん!」と冴子に言われていた数人は夜逃げしようかと本気で考えたが、どうせ家に帰っても強制送還されることが分かっていたのでやめた。
 この家に来て、他人の喜怒哀楽を信じられなくなったと数人は思う。
 そりゃもうにこにこしながら言われる台詞が、とことん数人を地のどん底まで突き落とすような内容だったりするのだからそうなるのも致し方がないと言えば致し方がないのだが。


「おい、テメー嫁の癖に俺より遅く起きてんじゃねえよ」


 ノックもなしに開けられたドアの向こうには、ニヤニヤと顔に似合わない嫌な笑みを浮かべている男が一人。間違いなく、自分が言った台詞が数人を落ち込ませることを知っている表情である。
 が、当の数人がそれに気付くはずもなく、まんまと一居の思い通りに顔をどーんと暗くした。朝っぱらから死にたくなるようなことを言うな、とでも言うような顔で。

「ビッグニュースを言いたくて仕方がねえみたいだぜ、お前の姑」

「…頼むから、その嫁だの姑だのはヤメロ」

「何で。事実だろ、奥さん?」

 原爆投下。

 本当に、本当に何で俺がこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ、と数人は本気で泣きじゃくりたかった。

 


 ――やっぱり、やっぱりロクなことじゃなかったと、数人は顔を真っ青にした。

「でね、家からも近いし、新居としてはいいと思うの。いっちゃんとかずちゃんはどう?」

「別に住めりゃいー」

「よかった。あ、じゃあちょっと二人で中見てきたら?きっとビックリするわよ〜。私はミエちゃんとお買い物でもしてるから」

「ああ」

 一居がそう頷くと、冴子と三重は二人車でどこかへ行ってしまった。数人は「こいつと二人きりにしないでくれ!」と内心叫んだが、その叫びも空しく車はもう遥か彼方である。
 仕方なく、数人はその‘新居’とやらに視線を戻す。

「………」

 気のせいだろうか。

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 とか書かれたでかい垂れ幕が20階はありそうなマンションのてっぺんからぶら下がっているのは。

「おい、行くぞ」

「い、嫌だ」

 いつにない早さで数人はそう反応した。というよりは、これでもかと嫌な予感がして、さしもの数人も部屋の中を見るのだけは絶対に避けなくてはならない気にさせられたと言うべきか。が、しかし。

「どうせここに住むんだぜ、俺とお前。ショックを受けんのは早い方がいいだろうが」

 そう言われたと同時にむんずと腕を掴まれ、数人はあれよあれよと言う間にマンションの中に引きずり込まれた。一応一度は足を踏ん張ってはみたものの、その抵抗が一居に伝わっていたかどうかはすこぶる怪しい。気付けばエレベーターはどんどん上に上がり、着いたのは最上階だった。
 そして一歩エレベーターの外に出た途端、数人はピキッと固まった。

「…………」

「…………」

「………おい、これは今日だけだよな?そうだよな?」

 そうだと言ってくれ、と数人は縋るような視線を一居に向ける。が、当の一居もさすがに呆気に取られているらしく、呆れたような顔でエレベーターを出た先の廊下を見ているだけだった。
 ――どうして数人と一居がそんな表情になっているかと言えば。

「…赤い絨毯に薔薇の花びらなんて、ハリウッドの映画でしか見たことねーぞ」

 ということである。
 廊下に香るむせ返るような薔薇の香りは、一定間隔で薔薇の入った花瓶が置かれているせいだろう。その薔薇の量も結婚式場並みである。
 と、無言で一居が歩を進め、どうやらこの階に一部屋しかない部屋の前で止まった。そしてポケットからカードを取り出し、差込口に差し込む。するとピーと音がして、ガチャリと錠が開く音がした。

 そして、一居はドアを勢いよく全開にした。

 

 

「……なあ、聞こう聞こうと思ってたんだけどさあ、何で俺ら結婚なんてするハメになったわけ?」

「知るか。俺が聞いたのは、俺とお前は生まれた時から結婚することが決まってたってことだけだ」

「……はあ」

 分かっている。
 この会話が自分にとって現実逃避でしかないことを、数人は分かっているのだ。
 でも、仕方がないだろう?
 壁紙はどっかの宮殿にしかなさそうな凝った模様のそれで、3LDKらしい各部屋の真っ白なドアには真鍮のドアノブがついている。リビングには大理石らしいどでかいテーブルと、ビロード張りのこれまたどでかいソファ。床にはムートンだかファーだかは分からないが、足が完全に埋もれそうなラグ。おもしろがって部屋を見て回っていた一居に呼ばれて浴室に言ってみれば、ここはヨーロッパかと言いたくなるような四足のバスタブ。
 そして、極め付けが、寝室だ。
 数人は、下品さを感じさせる暇もないほど派手で、でかくて、凝った造りの丸型ベッドを初めて見た。

「…とりあえず、もう帰んねえ?」

「だな。男二人が住むには趣味が悪すぎることは分かったし」

 諸手を挙げて同意する、と数人は思った。

 

 まるで24時間マラソンをしたぐらいの疲労感が数人を襲う(当然実際にしたことはない)。ここに卒業と同時に住まなければならない――しかも男二人で――現実を思うと、数人は留年すればよかったと本気で後悔した。事実、英語と国語以外は毎回赤点で、担任と学年主任の恩赦で何とかそれを免れたことも忘れ。
 マンションの外に出れば、そこには数人も知っている街並みが広がっている。
 この街並みをこんなワケの分からない気持ちで見ることになるとは思わなかったな、と数人は心の中で乾いた笑いを零した。

「おい」

 ――と、隣に立っていた男が口を開く。
 振り返ると、一居は初めて会った時にしていたようなどこか冷たそうな表情をしていて、数人は小さく目を見開いた。

「どうせ、形式だけだ。外で何やったって構いやしねえよ。俺もそうするしな」

 そう言って、数人から視線を外す。
 その台詞は数人にはありがたい以外の何物でもなかったが、どこか突き放されたような感じがしたのは否めなくて、数人はしばらく一居の横顔を見つめていた。

 

 



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