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 会場と宝がまったく同じことを叫んだ。

 当然その意味合いは全然違うが。

「元寮長である俺の権限を最大限利用して手に入れたレアもんの写真ばっかだぜー。当然学校で望月さんが売ってるものとは一つもかぶってない!これは俺の努力の結晶でもあるからな〜。あ、奥の藤縞以外の5人、お前らも参加していいから。ということで3000円からどうぞ!」

「5000円!」

「ハ!?」

 すぐ隣から聞こえてきた声は、有朋のものだった。

「あ〜り〜と〜も〜?」

「え、いや、だってホラ。そんなん他のヤローの手に渡るよりは俺が。」

「もう1万に上がったよ。」

「なんやて!?」

 みるみるうちに金額が万単位になっている。
 いったいどこにそんな金を持っているんだと、宝は寮生たちを色々な意味をこめた恨めしい目で見渡した。

「ごめん藤縞・・さすがに3万超えると俺も参加できない。」

「悪いな。俺も5万が限界だ。」

 何故か参加していた久住と奥野がすまなそうな声を宝にかける。
 なんだその大金!?と会場の方に目を向けると、なんと現在の金額6万5000円となっている。
 宝はそのまま意識を飛ばしそうになった。

「・・望月さんが1枚500円で売ってたから、あの値段は妥当って言ったら妥当だよね。」

「は、何ソレ!?っていうか何で久住知ってんの?!」

「だって、あの写真集50枚近く入ってるみたいだろ?とすれば25000円。それに柏木先輩が撮ったレア物って価値がつけば、値段は2倍に跳ね上がってもおかしくない。それと、何で知ってるかって俺が買ったからだよ。被り物してた藤縞が可愛くてつい。」

「・・・・。」

 宝は泣きそうになった。
 久住だけは、という根拠のない自信がどこかあっただけに、ショックもひとしおだ。

「それより・・保坂、大丈夫?」

「へ?きよみ・・ヒッ!」

 振り向いた先にあった顔は、そうそうお目にかかれないほどの凶悪顔だった。

「・・保坂。お前参加し」

「8万」

 参加しないのかと麻生が清嶺に聞こうとしたその瞬間に、清嶺から地獄の底から聞こえるような低音が発せられた。
 途端会場が一瞬静まり、柏木のヒュウという口笛が聞こえる。

「・・出たね本打ち。さて、寮長の番犬から8万と出たけどどうする?あ、これ言っちゃうと清嶺の味方っぽいけど、ラストのは・・もっとすごいよ。」

 途端、清嶺からブチッという音が聞こえたような気がした。
 その場の5人は、あまりのことにもう何も言えない。
 そして、ざわついていた会場からも、柏木の一言で「ストップでいいぜ〜」という声がちらほら聞こえてきた。日本に男子高校生はごまんといるが、たった一言がこうも影響力を持つのは柏木だけにちがいない。

「OK!じゃあ8万で保坂清嶺落札〜。」

「・・・・。」

「・・・・。」

「・・・・。」

「・・・・。」

「・・・・。」

「・・・・。」

 それぞれ趣の違う沈黙が6つ流れる。
 だが、ここで口を開けば、暴れたら誰も手のつけられない狂犬が牙をむくかもしれないと思うと、残りの5人は口をチャックのように閉じるしかなかった。

 しかし柏木はそこにいる。
 そして柏木いわく「もっとすごい」モノがまだある。

 どちらにしろ自分がいちばん損をすることを知っていた宝は、柏木がラストのプラカードを掲げるのをどこか諦めきった気持ちで見・・ようとして諦めきれなかった。


「何ですかソレーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」

 

 

 ロットナンバー10

  女装した藤縞宝と1日デート権

 

 

 食堂全体がいきなりアイドルのライブ会場のように騒然となり、まだ柏木が元値も言っていないというのに、あちらこちらから掛け声が聞こえる。

「な、な、な。」

 もう、宝はまともに口も開けない。
 さすがの他の5人も皆が皆固まっていた、が。

「・・スマン藤縞!俺も参加するわ!」

 と言って有朋が会場中央に走っていったのを皮切りに、

「悪い!はっきり言って超興味ある!」

 と言って麻生が次に走っていき、

「ごめん藤縞。俺も見たいかも。」

 と言って久住がいなくなった。
 3人を呆然として見送った宝は、ハッと奥野を振り向いた。
 さすがは常識人の奥野である。当然のように椅子から立とうはしなかった。

 ―――そりゃもう気の毒そうな視線を宝にこれでもかと向けてはいたが。 

「ハイハイ!興奮するのは分かるけど。っていうか前置きいらないよなあ。まあ一応元値は低く、がモットーだし。1万から!」

 という柏木のオークショニアにあるまじき言動とともに、怒涛の入札は始まった。
 前の写真の数倍の早さで値がどんどん上がっていく。さすがに値が大きいせいか、入札する人間はだんだん限られてはくるのだが、彼らは皆なかなか譲らなかった。
 なにせY’SYのモデルなんぞをしたせいで宝の人気はすでに全国区である。
 しかもかなりの確率で宝が好かれているのは男。
 その宝と1日デートできるとなれば、いつも清嶺がいるために近寄れない男たちはチャンスとばかりに躍起になった。

 しかし、彼らはあくまでただの男子高生たちである。
 一定の金額になれば、限界がくるものだ。 

「藤縞、値が上がるのが止まったみたいだぞ。」

 奥野に声をかけられて、宝が会場を見ると、現在額16万円となっていた。

「・・じゅうろくまん・・。」

 その高額に宝は腰が抜けそうになった。
 16万も出されれば確かに女装ぐらいしなくちゃならないかもしれないという気にもなってくる。
 まあ、誰だか知らないけど仕方ない・・と諦めの境地に入っていると、

「20万」

 と、ありえない人物からありえない金額の掛け声がかかった。

 ――ほかでもない、オークショニア本人である。

「な、それってアリ!?」

 どうやら麻生は久住とふたりで16万という値をつけていたらしい。
 いちばん無害そうに見えて、何気に危険きわまりない二人組である。

「えーーだって、藤縞に女装させることできて、しかも1日デートまでできるんだぜ?これに参加できなきゃオークション開催した意味ないし。」

 それが目的か!と奥野は過去の自分の労働が不憫になって眉間をおさえた。

「さーー誰か20万以上いる〜?じゃなきゃ俺がめでたく落札するけど?」

 さすがに20万以上出せる高校生などそうはいない。
 麻生と久住も10万がお互い限度だったようで、仕方ないとお互い肩を竦めた。

 だが。

 もちろん忘れてはいけない狂犬・・もとい番犬がいた。

 

「ふざけんなよ玲一。なら25万だ。」

 

 おおっ、と会場から声が湧く。
 こうなるともうこの2人の一騎打ちしかない。それが分かる寮生は、期待半分緊張半分で2人の様子をまんじりと窺った。

「来たね本命。じゃあ30万。」

「35万。」

 会場からはもはや感嘆の声しか漏れてこない。

「・・保坂のおじさん、お前にそんなにこづかいやってるわけ?」

「さぁな。」

「あっそ。じゃあ50万。」

「テメェまだやる気か?さすがにそんだけポケットマネーから出ると痛いんじゃねーの?」

「別にこんくらい何でもないだろー?」

 50万という金額は高校生が簡単に出せる金額では絶対にない。
 だが、この2人は普通の男子高校生ではないし、しかも実家が半端じゃなく金持ちだった。

「はぁ・・なら100。」

「そこが限界だろう?お前には。」

 そう言って、柏木が良く言えば不適そうな、悪く言えばニタリ顔の嫌〜な笑みを浮かべた。

「俺夏にカジノですっげぇ稼いだんだよなあ・・・・150万。」

 清嶺はチッと舌打ちをした。
 他の寮生には何のことを言っているのかわからないが、奥野は知っていた。
 柏木がドバイのカジノで3億ほど儲けた事を。

「・・決まったみたいだな?・・ってことで、女装した藤縞と1日デート権、俺が150万でゲット〜!」

 そう言った途端、ワァっと会場全体がざわめいた。
 試験明けの息抜きには相当刺激的な催しになっただろう。落札した者、見ていただけの者、すべてが満足そうな顔をして食堂から出て行く。

 そして、残っているのは例の6人+柏木になった。

 

「なーに暗い顔してんだぁ?みんな高値で落札されたってのに。」

 一人、元気ハツラツなのは柏木だけである。
 終わったのは確かに喜ばしいが、麻生は2日後にはナンパに駆り出されなくてはならないし、有朋は2ヶ月後には引越し作業員が待っている。

 そして。

「ハイ清嶺。これがお前が8万円で落札した写真集な。あ、ちなみに商品とお金は交換制・・つってもお前なら今日払えるだろ。ほれ。」

「・・で、その売上金とやらは何に使うんだ?当然俺たちが納得できるもんなんだろう?」

 写真集を受け取りながら清嶺がそう言うと、柏木はニヤリと笑った。
 その笑みに、6人はこのうえなくイヤな予感がした。

「まずー奥野の売上。これは奥野にそのまま渡します。それで別の参考書でも買ってくれ。」

 そう言って柏木は奥野に封筒を手渡した。思った割には普通の対応である。

「次に有朋。お前の2500円分の労働代金は、コレと交換だ!」

 と言って柏木が有朋に渡したのは、小さな小さな洋服の数々。

「・・なんで・・俺の労働がサクラさんの洋服代なんや・・。」

 そう呟くも、すでに(柏木の中では)換金されている以上文句は言えない。
 でかい図体にミニマムな洋服を受け取る図は、それを見慣れない人間なら爆笑ものだ。

「さて、麻生の4000円だけど。これはそのナンパが失敗した場合に使って。」

「は?」

「いやーさすがにナンパは成功するかどうかわかんないだろ?まあだから保険金みたいなもんだな。成功したらそのまま懐におさめればいいし、駄目だったら落札したヤツらにそれつっかえすか、それでなんか奢ってやればいいよ。」

 聞けば聞くほどなるほどなと思う台詞ではあったが、だったら最初からやらなければいいんじゃないかというのが正直な気持ちである。
 4000円の入った封筒を受け取りながら、麻生は大きく大きく溜息をついた。

「・・さぁて・・藤縞〜?」

「・・・・・・ハイ。」

 これから葬式にでも行くような暗い表情で宝は返事をした。
 8万円も150万円も、清嶺と目の前の人間から出ている以上、まともな使い方をされるとは到底思えない。

 そして、えてしてそういった予想は必ず当たるものである。

「まず、8万円ね、これは藤縞のプライバシーを売った値段だからさ、そのまま藤縞にやるよ。で、俺が出した150万円は、俺とのデート代&藤縞の女装代に使いまーす。」

 やっぱり。
 やっぱり碌なことじゃなかったと宝は泣きそうになった。

「どうせ24日と25日は清嶺とラブラブするんだろ?だから、俺とのデートは23日な。あ、1日だから23日の12時までは俺のもんだからな。」

「・・あの・・実際は150万も使わないですよね?っていうか使わないでください」

「何言ってんだー?使うに決まってんじゃん。150万なんてすぐなくなるぜー?」

 なくなりません。
 清嶺以外の4人は心の中で即答した。

「使われとけ、チビ。こいつは1日で2000万使い切ったことのある野郎だからな。」

 ありえない。
 絶対にありえない。
 またまた清嶺以外の4人は心の中で繰り返す。

「へぇ〜?旦那は嫁が他人の男とデートしようが別にかまわねーぜってやつ?だったら藤縞俺とメロンメロンなことしよーなー。夜中まで離さないから〜。」

「おいコラ・・。」

 始まりそうな柏木一族の応酬に、残りの4人は一斉に溜息をつく。
 ハアととりわけ大きな溜息をつきながら、奥野は明日の1日家庭教師の予習をしないとな・・と考える。自分は2週間後にセンター試験が待っているというのに。

 

 

「や〜〜楽しみだな〜〜!」

 

 

 柏木の必要以上に明るい声で、オークション(もどき)は終わりを告げた。

 


  

                     End.

 



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