Auction

 

  

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「絶対にイヤです。」

 宝は、声高に宣言した。
 その声にはその台詞どおりの嫌々感がぎっしり詰まっていたし、宝は聞かなくても言わんとすることは分かるような顔もしていたが、宝にそう言わせる原因となった人間は、そんなことは小指の爪の先ほども気にするような人間ではなかった。

「そっかあ。藤縞がそう言うんなら仕方ないよな。じゃあ代わりにこの写真を競売にかけることにし」

「やります。」

 目の前の鬼のような人間が競売にかけると言っているその写真は、文化祭の夜に撮られた例のデジカメ写真だった。しかも何故かA4サイズにまで引き伸ばされている。

「あ、ほんと?やっぱり藤縞は話分かるなあ〜。」

 そう言ってアハハハと笑う男を、宝は力の限り睨みつけるしかなかった。

 

 

 

「ロットナンバー3、奥野の物理ノート。50円からどうぞ。」

「100円!」

「200円!」

 夜の寮の食堂にあまりにふさわしくない掛け声が響く。
 今日は12月20日、クリスマスイブ4日前である。
 前日に期末考査が終わったばかりの蒼陵高校蒼風寮で何が行われているかと言えば。

「1200円で落札〜!」

 オークション(もどき)である。

 開催者は当然柏木玲一前寮長。
 一体どこから集めてきたのか、蒼陵の生徒にとっては涎ものの物ばかりが出品されている。

 ちなみに現在まで出た出品数は3、落札数も3。
 元値が非常に低く設定されていることと、ここの生徒が金持ちの子供が多いこともあいまって、全てにおいて10倍以上の値段で落札されている。
 ついさきほど落札された物理ノートの元所有者であった奥野は、食堂の奥まった席に座ってそれはもう深い深い溜息をついていた。

「・・なんで柏木はこういうことにばかり悪知恵が働くんだ・・。」

 奥野善也18歳は、この寮で柏木と同室になったその日から、何事もなく過ごした日がほとんどないと言っていい。
 だが、その中でも、これはトップ3に入るくらいの大事件・・いや大迷惑だと思った。

「お前が止められねーのが悪いんだろ?ったく手綱くらいちゃんと引いとけよ。」

 奥野ほどとまではいかないが、それなりにゲンナリした表情で吐き捨てたのは保坂清嶺17歳である。
 清嶺も、柏木と血がつながっているおかげで合わなくてもいい迷惑にあってきた男だった。

「アレの手綱を引ける人間がいたら教えてくれ。いくらでも出す。」

 奥野がそう呟いた途端、柏木の「落札〜」という大声が聞こえる。
 主催者だというのにオークショニアまで勤めるその理由は、おもしろいから、ただそれだけである。
 そして無情にも、ここの寮生は柏木信望者がやたらめったら多い。

『柏木(先輩)がやるなら俺だってやりますよ!』

 などと本気で考えている男たちがごまんといるのだ。

 現在食堂にいる寮生は――全員である。
 その内訳は、ついていきますよ柏木(先輩)!な男たちが80%、まあおもしろそうだし出品されてるのもよさげなモンだし、な男たちが17%、そして残りの3%は嫌々ながら顔を出している男たちである。
 その3パーセントの内訳は、食堂の奥まったところで固まっている、いつもおなじみ柏木のとばっちりこうむりますメンバー。
 奥野を筆頭に、清嶺、有朋、麻生、久住、そして宝の6人である。
 この6人のうち、今回このオークション(もどき)に直接関わるハメになったのは、清嶺と久住以外の全員である。ただ、関わらずにすんだ2人も間接的にもれなく関わることになるのは、それこそ毎度のことなのだが。

 まず奥野の被った損害・・もとい出品物は、物理ノート、数学ノート、そして1日つきっきり指導の計3つである。
 既に全て落札され、元値の20倍以上の値がついた。
 ちなみに売上金額は皆が納得いく方法で使わせてもらう、と柏木は言っていたが、具体的にどうするのかは分からない。
 だが、奥野はそんなことはもうどうでもよかった。
 ただでさえオークションの下準備やらなにやらで試験前試験中関わらず柏木にこき使われたのである。当の柏木は奥野以上に何やらやっていたようだったが、自らやろうとするのと無理やりやらされるのとは全く違う。柏木はとにかく凝り性で、このオークション(もどき)も、体裁だけは世間で行われているオークションと全く変わらなかった。

 とにかく早く終われ。

 奥野はそれだけを願ってもう何度ついたか分からない溜息をついた。

 

「ロットナンバー7、有朋1日こきつかい権〜。あ、これは3年生、寮からの引越しのときにも有効な。じゃあ100円からー。」
 柏木が、言わなくていいことを言って出品物を告げた。
 あ、以下を言わなければ、はっきり言って誰も落札しようとはしなかったはずだ。しかし、有朋に引越しのお兄さんをやってもらえるとなれば、話は別となる。みるみるうちに3年生連中がその値を吊り上げていき、結局過去最高の2500円で落札された。

「・・・・・・。」

 有朋にとってはうれしくもなんともない。値が高ければ高いほど散々こきつかわれるということだ。
 しかも3年が引越しの時期には当然有朋本人も引越しの時期である。ただでさえ一人部屋で手伝ってくれる人間がいないというのに。

「・・頑張れよ。」

 憔悴の有朋に麻生がぽつりと呟いた。
 だが、手伝うよ、とは言ってやれない。
 なぜならば。

 次は自分が晒し者になるからだ。

 今回被害者となった4人は、それぞれオークションにかけるからね〜とは言われてはいたが、何がオークションにかけられるかは知らされていなかった。
 奥野のノートが出品された時点で、有朋と麻生は絶対に自分たちは体力関係だと覚悟はできた。
 だから、多分自分も似たようなことをする羽目になるんだろうと、麻生は有朋を手伝ってやろうとは言えなかった。

 ――しかし、麻生の予想はそりゃもう大きく覆された。

「ロットナンバー8、麻生にナンパさせていいよ権〜。」

 

「ぶーーーーーーーーっ。」

 口寂しさに含もうとしていた緑茶を勢い良く噴き出す。

「げほっ、げほげほっっ、なっ、なっっ!?」

 あまりの衝撃に、麻生は緑茶を噴き出した目の前に奥野がいたことなどすっかり忘れて柏木の方を見る。
 当然奥野は顔が緑茶浸しになったが、さすがに今の麻生に何かを言う気にはなれなかった。

「麻生は女の子の扱い上手いからな。あ、期限は12月23日まで有効。クリスマスの相手を見つけてもらうのもいいかも。ということで、150円から。」

 また柏木は言わなくてもいいことを言った。

「500円!」

「800円!」

「1200円!」

 今までにない値の吊り上り方に麻生は呆然とした。みるみるうちに2000円に到達したというのにまだ値が上がっていく。

「・・な、な、そんなの聞いてねーぞ!?」

 そう叫んではみるものの、もはや誰も聞く耳はもっていない。それにそんなのも何も、まるっきり柏木からは何も聞かされていないのだが。

 そして、麻生はハッ!と物凄く重要なことに気がついた。

「わ、渉さん?」

 おそるおそる麻生は久住に顔を向ける。
 やっと気づいたか、と他の4人は心の中で溜息をついた。

「・・麻生、あんなこと了承したの?」

「してないっ!滅相もない!絶対してないです!」

 情けない亭主はかくありき、というのを地でいくような男である。

「・・落札されたみたいだよ。4000円だって。」

「なにっ!?」

 勢い良く振り向くと、確かに『麻生にナンパさせていいよ権』と書かれたプラカードに、4000円落札御礼という赤紙が貼ってあった。
 向こうから、「麻生〜俺らが落札したからさー。22日あたり頼むぜー。」という同じ2年の寮生の笑い声が聞こえてくる。 みるみるうちに麻生の顔が真っ青になる。いや、真っ青とおりこして真っ黒である。
 だが、まわりの4人もどうにかしてやるわけにはいかない(約1名はそんな気さらさらなかったが)。何も言えずに、麻生の真っ黒な顔と、久住の感情の読めない顔をちらちら窺っていた。

 すると、久住がクスリと笑みを浮かべた。

 その途端、麻生が小学生にも読み取れるだろう分かりやすさで、顔色を戻した。

「わ、わたるっ!大丈夫!ナンパだけして、女の子見つかったらその場で逃げてくるから!」

 もう少しまともなことは言えないものだろうか。
 逃げてくる、とは男らしくないことこのうえない。

「別にいいよ。ちょうど学校も23日で終わるし。そのまま実家戻るよ。」

「うそっ!?」

 そして、また幼稚園児にも読み取れるだろうわかりやすさで、麻生は顔色を真っ青にした。

 

「・・次、チビじゃねーの。順番で行くと。」

「うるさい。忘れようとしてるんだから思い出させるな。」

「んな無茶な・・。まあ大丈夫やって。藤縞なら柏木先輩も無理なことはさせんやろ。」

「・・だといいけどな。」

 麻生と久住の夫婦漫才はもうほっといて、残りの4人は来るべき宝の出品物がなんなのか考えていた。
 柏木は、次が大目玉の商品です、と思わせぶりなことを言って5分の休憩に入っている。疲れたから〜などと言っているが、絶対に計画どおりにちがいない。
 柏木の思惑どおり、いまだ誰一人帰る様子を見せず、食堂はにぎわったままだ。

 宝が、イヤな予感だけをひしひしと感じ、すでに恐怖の域に入りそうになったとき、柏木が休憩から戻ってきた。
 途端、寮生がざわめく。
 それを鎮めてから、柏木はマイクに顔を近づけた。

「お待たせいたしました。出品物はあと2つになります。」

(2つ?!)

 聞いてない!と宝は心の中で叫んだが、当然柏木に届くはずもない。
 まあ、実際に叫んでいても柏木は聞かないフリをするだろうが。

 

「ロットナンバー9、現寮長藤縞宝のお宝写真集〜〜!」

 

 

「何―――――――――――っ!!」







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