超絶的相互不理解 

 

 さて、常日頃清嶺の手の上で踊らされている感のある宝だが、それは歴然たる事実である。

 その原因は頭脳、悪知恵、処世術、そういったところの出来の良し悪しによるもので、こればかりはどうにもならない。むしろそういったところに長けている宝など、宝たるすべての長所を投げ捨てるようなものである。

 ――が。

 そんな負け続けの宝でも、幾多の負け数を一気にひっくり返すほどのとんでもない勝ち試合をしてしまったりすることがある。

 

 

 

 とかく最初に変だと思わなければならなかったと、後々そこにいた奥野善也は語る。

 あの柏木の台詞に、宝が赤面もせず蒼白にもならなかった時点で、何かがおかしいと気づくべきだったと。

 

 

 

「おはよ藤縞!昨日の喘ぎ声すごかったなぁ!!」

 

 ぶーーーーーーーーーっ。

 

 半径5m以内にいた寮生は、皆揃いも揃って吹き出した。

 

 先の台詞の発言者は毎度おなじみトラブルメーカー柏木玲一である。

 現在朝7時30分。

 ここは蒼風寮大食堂。

 清々しい早朝の空気の中、今日の1限なんだっけ?とか、夜のテレビで見たいのあるんだよなあとか、この食いモンうめぇ!とか、とにかく大したことじゃないことばかり考えていた寮生は、その柏木の一言で頭の中のすべてが吹っ飛んだ。

 その発言の対象者は当然まわりにいた寮生ではない。

 現在柏木の真向かいにいる現寮長藤縞宝である。

 ちなみに、宝の隣にはお馴染み清嶺が、そして清嶺の隣には有朋がいた。そして向かって柏木の隣には奥野がいる。

 そんなメンツでの、朝のとんでもない会話の始まりだった。

 

 

「いくら隣だからってあそこまで聞こえたことって今までなかったんだよなあ。」

 フランスパンを千切りながら、柏木は朝っぱらから大暴走である。

 確かに柏木はもう18歳だ。世に言う18禁のAVも見れるし、ポルノ映画だって見に行ける。

 だが、ここは下手すればまだ15歳の子供もいる大食堂である。

 まあ、そのことを抜きにしても、朝の7時半に言う台詞ではないだろうが。

 しかし。しかしである。

 この前寮長がその綺麗すぎる顔の割にえげつない台詞を言うことに、ここの寮生はそれなりに慣れていた。だから、台詞自体に吹き出しはしても、柏木がそれを言っていること自体に驚く輩はほとんどいなかったのである。

 が。

 

「ああ、昨日清嶺へったくそだったんですよねー。」

 

 ぶぶーーーーーーーーーーーっ。

 

 今度は、前の2倍ぐらいの勢いで半径5mにいた寮生は吹き出した。

 あまりの驚きで吹き出したまま固まっている者多数。

 なにせ、今の発言者は、あの、藤縞宝である。

 その顔はどの女よりも可愛らしく、そしてその顔に見合った純情可憐な17才、と思われていた現寮長。

 その寮長から出てくる発言ではないはずだ、とまわりの寮生は朝から泣きたくなった。

 そしてそれは、その場にいた柏木以外の3人にも同じことだったようで。

 吹き出しはしないものの、有朋はカチャンと箸を落としていたし、清嶺と奥野はかっちり5秒は固まった。

 

「そうだったんだ。――で、下手ってどういう感じ?」

 朝っぱらから何を聞くんじゃ!と寮生は心の中で一斉に突っ込んだ。

 だが悲しいかな。それを声に出して突っ込める者は一人たりとていない。

「んーーなんか、次の日に腰とかダルいんですよ。」

 答えんのかい!と周りはまたもや心の中で一斉に突っ込んだ。

 そしてそれを声に出してくれる人間が、今回はひとりいたのである。

「・・藤縞、別に律儀に答えなくていいんだぞ。」

 奥野である。

 彼はこの5人の中でダントツに理性の人だった。

「え、別にかまわないですよ、これくらい。」

「・・・・・・。」

 かまいます。

 寮長がかまわなくても俺たちがかまいますし、寮長がかまわないってことにもかまいます。

「まじで?じゃあさ、どうヤられると気持ちいいわけ?」

 ・・は、は、ハレンチだ!

 朝からする会話じゃない!

 寮生は本気で食堂から逃げたくなった。だが体が硬直してどうにも動けないのである。

 

「そうだなあ・・やっぱり力加減じゃないですか?抜いたり入れたり、みたいな。」

 

 ガタガタっ!!

 そこで、ひとりの寮生がほとんど涙目で立ち上がった。

 そしてマッハの勢いでほとんど手をつけていない食器を戻し、ほとんど走るように食堂を出た。

 立ち上がれなかった寮生も、顔を真っ赤にして手に持っていた箸やらフォークやらを落としている。

「へーーー!なんか藤縞プロっぽい発言だよなあ!」

 アハハハ、と柏木が笑う。

 寮生からすれば、笑い事でもなんでもない。

「そうですか?だってやってもらうんだったら上手くないと、痛い上に気持ち良くないじゃないですか。やっぱりこういうのって、やる方よりやられる方が・・」

 ガタガタガタガタガタっっ!!!

 合わせて5人は立ち上がっただろうか。

 彼らも物凄い勢いで食器を片付け、走るように、ではなく本当に走って食堂から出て行った。

 こら食堂内は走んなーと、後ろから宝の声がかかる。

 しかし、半泣きどころか本気で涙が出そうな彼らにとって、そんなこたぁもうどうでもよかった。

「ふ、藤縞?・・そういう会話は食堂では・・というか・・。」

 理性の人、奥野が何とか失いそうな意識を保ちながら宝に言う。

 現在、声の聞こえる半径5m内に残っている寮生は10人弱。

 せめて彼らにはこれ以上聞かせないようにしなければ、との奥野の善意ゆえの台詞だった。

 しかし。

「・・?そうですか?あ、そっか。奥野先輩上手いもんね。聞き飽きてる?」

 寮生は、あまりの衝撃に動けなかった。

 今、寮長は何と言ったんだろうか?

「されたとき、ほんとプロかと思うくらい気持ち良かったもんなぁ。」

 ガタガタガタガタガタっっ!

 残っていた10人弱の半分が、今度こそ一斉に席を立った。

 当然彼らも食堂を走り抜けていく。

 心なし奥野を責めるような視線をよこしたように見えたのは、奥野の被害妄想だろうか。

「・・なんか今日あるんですか?さっきから皆急いで出て行きますけど・・。」

 諸悪の根源の片割れが、小首を傾げながら奥野に尋ねてきた。

 だが、奥野にはそれに答える気力はすでに残っていない。

「え、じゃあ、清嶺より奥野のが上手いのか?」

 そこに追い討ちをかけるような柏木の台詞。

 この時点で残っているような半径5m以内の寮生は腹の据わった寮生と言えるだろう。

 そんな寮生は、こういった話題は最後まで聞いてしまうものである。

「上手いですよ。奥野先輩にやられると、超スッキリしますもん。全然痛くないし、ただ気持ちいいだけなんですよ。柏木先輩もそのとき一緒じゃありませんでしたっけ?」

「・・おい、チビ?」

 とうとう寮長のルームメイトが口を開いた。

 さすがに聞き捨てならなかったのだろうかと、今残っている寮生はドキドキしながらも少しわくわくしてきた。

「え、だってお前の痛いもん。力強すぎて、とにかくやりゃあいいっていうかさあ。それにワンパターンなんだよな。」

 ガタッ。

 立ちあがったのは、有朋だった。

「悪い。ちょっと今日朝することあったわ。先行くな。」

 そう言って、さきほどの彼らよりも数倍速で食堂から出て行った彼の目には、確かに光るものがあった。

 他の寮生よりも近くにいる分、寮長への幻想度(妄想度ともいう)はさらに高い。

 そんな彼から出てくるあられもない言葉に、有朋のセンシティブな心は耐え切れなかった。

(ひどいっ、ひどいわ藤縞っっ!いつの間にそんなん言うような男にっ!!)

 心の中で大泣きしながら、有朋は寮内を走り抜けた。

 

「なあ、今日ほんとになんもない?」

 さすがにこうも何人も食堂から走り抜けていくと、何かあったかなという気になってくる宝である。

 周りを見渡せば、なぜか自分たちのまわりだけほとんど人がいない。

(・・てめぇのせいだろうが。)

 清嶺は、心の中で呟いた。

 何をとち狂ったのか、宝は朝っぱらから柏木の下ネタ談義に積極的に答え始めた。

 それも、清嶺が下手だ下手だと何度繰り返しただろうか。

 今日の夜は絶対お仕置きだ・・と清嶺が不穏なことを考えていたところ、奥野のことが出てきたあたりで、清嶺は柏木と宝の会話が下ネタではないことに気が付いた。

 どうやら、マッサージの話題を宝はしているつもりらしい。

 が、いちばん最初の柏木の台詞から、何をどうしたらマッサージのことだと思うのか。

 周りにいた寮生も含め、ここにいた宝以外の3人すべてがセック○のことだと思っていたというのに。

 そして、どう見ても柏木の方はワザと。

 できればこの場でその口を塞いでやりたいが、宝のあまりの天然ぶりにどうにも突っ込みにくいのである。

 まだ声が聞こえる範囲にいる寮生は5名ほど。

 柏木が続けるか、続けないかがミソだった。

「へぇ〜、じゃあ藤縞ってどんくらいの頻度で清嶺にやられてるワケ?」

 ・・続けるようだった。

 そして止める間もなく、宝は淡々と答えてしまう。

「んー体の具合によるかな?まあお手軽コースからみっちりコースまでって色々ですけど。ああ、でも清嶺重いじゃないですか?だから結局俺が上に乗ることが多いんですよねー。下手な上に逆に俺にやらせようとするんだから。」

 

 プーーーーーーーーーーーっ。

 

 堪らず、柏木が吹き出した。

 その反応に、清嶺は持っている箸を折りそうになる。

 周りを見れば、例の残っていた5人が顔を赤くしながらそろそろと席を立ったところだった。

「・・玲一・・てめぇ何考えてやがる・・。」

「え・・ぶっ・・だ、駄目だ・・腹が・・。」

 そう言って、柏木は腹を抱えて笑い出した。

 宝は、え?なに?と言いながら、目を丸くしている。

 清嶺は脳の毛細血管が何本もブチブチと切れていくのを拳を握りながら耐えた。

 奥野は、表情には出ないものの、地味かつ盛大に心の中はブリザードだった。

 

 

 藤縞宝はその顔に似合わずセッ○スにやたら積極的である。

 保坂清嶺は実はセ○クスが下手くそである。

 奥野善也はセッ○スがプロ並に上手く、そして藤縞宝と柏木玲一と3○をしたことがある。

 

 

 以上3つのことを、今回のことで3人は思われたに違いないのである。

 すべて嘘八百(清嶺に関しては、真偽はともかく相当不名誉には違いない)。

 しかし話題が話題なだけに誤解を解く方法もなく。

 気づかない宝は寮生の視線にただ「なんだ?」と思うだけで済むのだろうが、清嶺は寮生に意味深な目で見られるたびに「下手くそなんだ・・」と思われていることに耐えなければならず、奥野に至っては性的異常者とでも思われているかもしれない。

 

 

 奥野は、遠い目をしながら思う。

 

 

 早く、できるだけ早く、この寮から出なければ・・!!

 

 

 

 

 

 が、諸悪の根源はもちろん柏木で、柏木から離れなければこういったことは何度でも起こり得ると奥野が気づくのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

End.


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