タカタ君の非日常的日常E







 

刑法第174条

公然とわいせつな行為をした者は、6月以上の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

 


 

 腹が減った。
 そんなどこまでも原始的な欲求を心の中で呟いて、数人はうーんと伸びをした。時計を見ると、時刻は夜の7時になるところだ。昼食を食べてからすぐにレポートに取り掛かっていたので、気づけばおおよそ5時間も数人はレポートに夢中になっていたらしい。そのおかげで単位がかかっているレポートは無事終わり、明日これを提出すれば数人には嬉し楽し夏休みが待っている。

「メシメシーー……ってそういや今日は一居とか」

 大学でそれはそれはモテている旦那――もとい同居人は、夏休みが近くなってからというもの家に帰ってくるのは大抵夜9時頃だ。最初の頃こそ「メシは?」と聞いていた数人も、聞けば必ず「(女のとこで)食ってきた」と返ってくるので、5回ほど聞いたあたりで既に聞くのをやめている。
 だが、その一居が何故か今朝「久しぶりに外食するか」とお誘いのようでいてほとんど強制に近い台詞を言っていたことを思い出し、数人はキッチンに向かう歩みを止める。だが、既に数人の腹はぐうぐうと大音響で鳴っていて、まあ少しぐらいなら食ってもいいだろうとそのままキッチンに向かった。
 向かった先は、ここはレストランの厨房かと突っ込みたくなるような冷蔵庫の前。備えつけらしい銀色の冷蔵庫は、ここに住み始めて4ヶ月経った今でも満杯になることはおろか半分すら埋まったことはない。だが。

「…マジ?」

 それでも大抵何かしらの食料は入っているはずの冷蔵庫に、今日に限って何も入っていなかった。何か、何かないか!?と数人が目を皿のようにして覗いてみるものの、あるのは麦茶と調味料だけ。

「――じゃ、コンビニ行くか」

 諦めて一居が帰ってくるのを待てばいいものを、数人はどこまでも本能に忠実だった。
 居間のテーブルに置いたままの財布をジーンズのポケットに入れ、玄関へ向かう。最寄りのコンビニはマンションから歩いて3分。帰り道で食べ歩きできるもんにすれば5分後にはありつけるなと、まるで小学生の子供のようなことを考えながら数人は部屋を出た。
 そしてエレベータで下に降りること数十秒。足取りも軽くマンションのエントランスを抜けたところで、数人はカッキリ固まった。
 マンションの入り口を出たすぐのところで、濃厚なキスシーンをおっぴろげているカップルが一組。
 しかも、その一人は、カッキリ固まっている男の亭主だった。その男曰く、浮気性の。

「…じゃあね、これまで楽しかった」

 だが、そこに聞こえてきた女の声に、数人はハッと我に返る。当然その内容なぞ数人の頭には入ってきていない。
 イカン、このままじゃ見つかる!と内心叫んだ数人は、音を立てないようにくるりと体の向きを180度変え、そろそろとマンションの中に戻る。足音を立てないようにして歩いていたらしい数人の行動のすべてが、実はそんな数人をずーっと見ていた一居にとって腹がよじれるほど可笑しかったことを数人は当然知らない。

 

「…ったく、あんなの外でやるなっつーの」

 ブツブツと声高に文句を言えるのは、今数人がいるのがエレベータの中で、しかも数人ひとりだからだ。だがそのエレベータは全く動いておらず、しかも扉が未だ開いたままなのは、数人が動揺しているせいなのかそれとも単にぬけているからか。

「つーかコンビニ……あああ、腹減った…」

「…ガキかお前は」

「ハァ?腹が減るのはフツー……へ!?」

 なんで!?と数人が俯けていた顔を上げると、エレベータの扉の向こうからニヤニヤ笑いながら歩いてくる男が一人。扉まであと2メートルという位置だ。
 ――そこから、数人の行動は早かった。まるで2メートル先にエイリアンがいるかのように顔を引き攣らせたかと思うと、0コンマ何秒かで操作パネルの『閉』を押し、そして22階のボタンをガッと押す。ただでさえ1階でずーっと待たされていたエレベータは、やっと押したかとでも言うようにそりゃもう素直に扉を閉め、向こうで何か叫んでいたように見えた一居を置いて上に昇りだした。

「ふう…よかっ……!!??」

 一時の安心と引き換えにしたものが何だったのか、数人は独り言を言おうとして初めて気がついたらしい。
 そして数人があたふたしているうちにエレベータは22階に着き、他にどうしようもない数人はエレベータを降りる。どうにかしてエレベータをこのまま22階に留めておく方法はないものかと思案してみたものの、当然数人にそんな方法は思い浮かばなかった。
 もちろん、その間にエレベータはぐんぐん下に降りてゆく。ランプが1に点灯したのを見た途端、数人はものすごい勢いで部屋に戻り、そして何を思ったか自室のクローゼットの中に隠れた。もはや阿呆としか言いようが無い。
 だが、たとえどんなに阿呆すぎても、本人は至って本気である。しかもここなら一居も分かるまい!なんてことも本気で考えている。
 そして、それから1、2分もしないうちにガチャと玄関のドアが開けられる音がした。その音に数人はビクと肩を震わせる。どれだけ阿呆であっても、してはならんことをしたという認識はあるらしい。
 ちなみに、数人が一居の目の前でエレベータの扉を閉めたとき、一居は100人に聞けば100人とも絶対に近寄りたくないと言うだろう笑いをその顔に浮かべていた。普段は隠している腹黒い内面がすべて外に出てしまっていたとでも言うか。

「…おーい数人ー、どーこーだー??」

「ヒッ」

 おどろおどろしい声で数人を呼ぶ一居の声に、数人は思わず息を呑む。そして、ガチャリと自室のドアが開けられた音がして、数人は某国民的キャラクター所有の某ドアが欲しいと本気で思った。
 だが、その思いも空しく。

「よお数人」

 ガラガラとクローゼットが開けられたかと思うと、そこにはにっこりと微笑んだ一居がいた。にっこり微笑む一居――1週間は夢に出そうだ。そんな一居を見るぐらいなら、10本続けてホラー映画を見た方が全然マシだったと数人は心から思う。

「や、やあ一居」

「数人ー、今日お前に土産持ってきた」

「へ、へえ〜あ、あり、ありが」

「『人妻淫乱物語』とか言うDVD。俺の知り合いで親がビデオ屋やってる奴がいるんだけどな、そいつがすげぇオススメとか言ってくれたんだよ。…そうだ、ここからテレビ見えるよな。今映してやるよ」

「……………ハ?」

 ひとづまいんらんものがたり?

「お、始まった」

 

『アァァン〜〜!!』

 

 一居が「お、始まった」などと軽ーく言った映像と音声は、数人を固まらせるには十分の威力を持っていた。ご丁寧にクローゼットの正面に向けられたテレビの画面には、とてもとても文章では表現できないような卑猥な光景が繰り広げられていて、数人は息をするのも忘れそうだった。

「どうせだし、一緒に見ようぜ」

 そう言いながら数人に笑いかける一居の笑みは、できれば見なかったことにしたいぐらいタチの悪そうな笑みだ。当然一居は数人の視点がテレビ画面に固定されているのを知っているからそんな表情を浮かべているわけだが。
 そして当の数人は――というか数人の体の一部は、久しぶりに見るいわゆる18禁AVにそりゃもう簡単に反応した。次々と身にふりかかる異常事態のせいで、ここ半年近くこういったものとは縁の薄い生活をせざるを得なかった数人である。だが、縁が薄かっただけで興味がないわけでも欲求がないわけでもなく。
 だが、だからと言って強制的にこういう状況にさせられるのはいくら数人でも耐え難かった。そしてたとえ無理矢理だろうが反応してしまった自分の一部はもはやどうしようもなく。しかし、どうしようもなくとも隣に一居がいるところでみっともないところなど死んでも見せられない。見せれば終わりだということぐらい数人にも分かる。
 だが、分かっているのと、この状況から逃げ果せるのとでは、使う脳みその容量が全く違う。
 数人の頭には、逃げ果せるだけのクレバーな脳みそはなかった。
 なので。

「――あ、暑いな〜〜!!」

 ものすごく不自然に立ち上がったかと思うと、さらに不自然な動きで部屋を横切って窓を開け、そのままベランダに出た。風に当たれば自分の一部も落ち着くだろうと考えた末の行動である。
 ふーふー…と深呼吸を繰り返していると、少しずつではあるが火照った熱が冷めてゆく。そのことに安堵しながらふと前を向くと、隣のマンションの明かりが見えた。このマンションの隣にはもう一つ高層マンションがあって、向こうの部屋にいる人間の動きがおぼろげに見えるぐらいの近さにある。その、ちょうどここの真向かいにある部屋が、カーテンを閉めずにいるせいで思いのほかはっきりと見えた。とは言っても、そこそこ距離があるので、多分あそこは居間だろうというぐらいしか分からないが。

「どーした?」

 と、後ろから話しかけられ、数人は見るも明らかにビクリと肩を震わせた。そしておそるおそる振り向けば、やはり爽やかな笑顔を振りまく人間が一人。そんな顔など直視できるはずもなく、数人は振り向けた顔を前に戻した――が。

「…どーしたって、聞いてんだろ?」

「ヒッ…!」

 いきなり耳元で囁かれた低音に数人は思わず声を上げる。そんな数人に、後ろで一居はくつくつと笑って、どうでもいいからさっさと離れてくれと数人は泣きそうになった。

「……当ててやろうか」

「…え?」

「お前が、ここで、何してたか」

 そう言い終えるのが早かったか、それとも言い終えるより早かったか。数人は後になっても思い出せない。
 だが、されたことだけは、まるで昨日のことのように、いつでも鮮明に思い出せる。

 ジーと、ジッパーが下ろされる音がした。そして、カチャとベルトが外される音も。
 それから、夏だというのに冷たい手のひらがスルリと服の中に入りこんできて、思わず息をつめた。
 そんな数人に構わず、その手が下着の中に差し込まれ、そして、勃ち上がっていた数人の性器の先端をつぷりと、押した。
 その感触に、とうとう、小さく声を上げたことは覚えている。

 それからどれぐらい経った後だろうか。気づけば、けっこうな声とともに数人はイッていた。
 ハアハアと荒く呼吸をして、数人は体を支えるためについていた両手をベランダの柵から離す。その瞬間ガクリと体の力が抜けてそのまま足から崩れ落ちそうになったが、そうはならなかった。後ろから数人の体を抱きこむようにして支える腕があったからだ。
 何も考えられず、視線も定まらないまま数人がふと前を向くと、向こうのマンションの窓がガラリと開けられた。ああ、あそこはさっき明かりが点いていた部屋だと思いながら、なんとなしに窓を開けた人間をぼうっと見ていると、その人間も数人の方を見た。
 そして見た突端、開けたばかりの窓がものすごい勢いで閉められ、開けっ放しだったカーテンもものすごい勢いで閉められた。
 そこで、数人はやっと我に返った。

「…………」

 思い出したくはない。思い出したくはないが。
 ついさっきまで、己は一体何をやっていたんだろうか。というか、一体何をされたんだろうか。
 ――いや、その前に。
 今、自分は一体どんな格好をしているんだろうか。

「…………」

 そんなことを内心独り言ち、数人はおそるおそる自分の首から下――もとい、腰から下を見る。
 そこにあった見るも無残な光景に、数人はこのまま死んでしまいたいと思った。

「やっと意識取り戻したか?」

「…………」

 ケロリと、何事もなかったかのような一居の声に、数人は心から願う。

 

 神様、お願いです。
 どーか、どーーーかこの極悪非道男に天罰を…!!

 

「ま、とりあえず中戻るか。向こうの住人に通報されたくねえしな」

 が、その願いも空しく、数人は一居に抱えられたまま部屋の中に戻るハメになる。

 戻った部屋ではテレビから女優のアンアン声が流れ続けていた。

 

 

                                                   End.



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