タカタ君の非日常的日常B








刑法第130条

正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。



 

 ――静かだ。

 ホウと幸せをかみ締めながら、数人は自分の部屋のソファで茶を飲んでいた。そして時折パチ、と小さな音が響く。

 土屋家で暮らし始めて早2週間。最近は一居も朝の嫌がらせに飽きたようで数人を起こしに来なくなったし、冴子も仕事が忙しいとかで前ほど数人に絡むこともない。そしてあれから買い物だの遊園地だのに付き合わされることが多くなった三重も、今日は冴子の実家に行くとかで家にはいない。一居は一居で、昨日は夜遅くに帰ってきたからか昼過ぎになってもまだ熟睡中らしい。
 つまり、数人は2週間経って、やっと自分の時間というものを満喫できている。

「…これが俺がしたかった春休みなんだよ…」

 そう呟き、日本茶を啜りながら、数人が今やっているのは一人将棋だ。
 地味なことこの上ないが、実家にいた時も休みになると必ずと言っていいほど数人は毎日一人将棋にいそしんでいた。そんな数人を母親はいつも気味悪そうに見ていたが、変な遊びを覚えるよりはマシなのかしら…と一人溜息をついていたことを当然数人は知らない。

「む、角があるじゃねーか。…じゃあ飛車をこう…」

 

「じじくせー」

 

 数人はぶんと首をドアの方に向ける。するといつの間に起きたのか、一居が相変わらず嫌な笑みを乗せながらそこにいた。い、いつからいたんだと思い返してはみたが、角と飛車のことで頭が一杯だった数人にそんなことが分かるはずもない。

「何、お前将棋好きなの?」

「あ、ああ」

 ドアを閉めて数人の部屋に入ってくる一居からは、当然「中入っていいか」などという殊勝な言葉が出たことは一度足りともない。どすんと勢いよく数人の隣に腰掛けた一居は、将棋盤をくるりと90度回転させると、数人がついさっき角を避けるために動かしたばかりの飛車を香車で取ってしまった。

「ああっっ!?」

 がーん、と数人は叫び声を挙げる。一居の偉そうな振る舞いに文句をつけようとしていたことなど遥か彼方に吹っ飛んでしまった。だが、目的は王だ、王将をとればいいんだと心の中で繰り返し、数人はそうすべく前に進めさせてあった金を動かす。これで、上手く行けばあと二手で王手だ!と。―――が。

「王手」

「え!?」

 何で!?と思いながら自分の王将を見ると、いつの間にそこにあったのか歩がひっくり返った「と」が王の前にいた。逃げなきゃと焦りまくった数人は、とりあえず王を一つ後ろに下げる。が。

「終了ー」

「へ?ぎゃっ!?」

 ついさっき逃げた角がすすすすと斜めに近付いてきて数人の王を取ってしまった。

「お前弱ぇなあ。一人将棋なんてじじばばのやることやってるからどんだけ強いのかと思えば」

「……………」

 そんなことは自分がよく知っていると数人はさらに落ち込んだ。
 将棋なんて趣味が同い年のクラスメイトからどれだけかけ離れているか、さしもの数人もよく知っている。だから、町内会の将棋クラブに入れてもらおうと、高1の夏休みに意気揚々と町の公民館に行けば、5戦5敗。しかも当たった対戦相手全員から「弱すぎ」というお墨付き。そんな数人に残された道は、一人将棋しかなかったのだ。

「友達いねえの?」

「な!?いるに決まってんだろ!今日も誘われたけど断っ」

「一人将棋するからって?その思考が18とは思えねえな」

 こいつは…っ、と数人はぎりぎり歯を食いしばる。言うことなすこと失礼すぎる、と数人はなけなしの度胸をふりしぼって言い返そうとした。

「そんなの人のか」

「女いねーの?」

 そんなの人の勝手だろう!!と格好良くキメるはずだったのだが、一居の発言で数人は見る見るうちに意気消沈した。

「まあいねえと思ってたけど」

「……お前はどうなんだよ」

「あ?付き合ってるってのはいねーよ。寝るだけの女ならそこそこいるけど」

「んなっ…!?お、お、おま、お前」

 あまりの言い様に数人は言葉すらちゃんと発音できなくなった。

「なに、お前まさか女とセックスしたことねえの?」

「!!!??」

 数人はキレた。
 当然図星だったからである。

「……出てけっっ!!さっさとこっから出てけーーーーー!!」

「はあ?何で俺が嫁さんに追ん出されなくちゃなんねーワケ?」

「よ!?ふ、ふざけんなっっ、浮気性の亭主なんか持った覚えはねえよ!!」

 激昂しているせいで数人は自分が今とんでもないことを口にしたことに全く気付いていない。その顔は見ている方が可哀相になるほど真っ赤になっていて、一居は思わず噴き出した。こんなにおもしろい人間には初めて会ったと一居は本気で思う。

「まあまあ落ち着けって…ああ、そろそろ3時じゃねーか。一緒に昼寝でもすっか?」

「しねえよ!俺は昼寝は一人でって決めてんだから!」

 突っ込むところはそこじゃないだろうと数人に突っ込んでくれる人間は、悲しいかなここには一人もいない。逆に再度噴き出して、ゲラゲラ笑い転げる男がいるだけである。

「じゃ、じゃあ今日は二人で寝ようぜ。夫婦なんだし」

 腹の皮がよじれそうになるのをなんとか堪えながら一居はむんずと数人の腕を掴む。それに数人はこれまた見ている方が可哀相になるぐらい必死で腕を離そうとぶんぶん振り回していたが、その反動を利用されてまんまとベッドに連れて来られた。
 数人はその時、どうしてベッドとソファをもう少し離しておかなかったんだと的外れな後悔をしていたが、たとえベッドとソファを離したとしても同じことは何度でも起こるだろう。
 そして、そうこう考えているうちに数人の体はすでにベッドに埋もれ、ほとんど圧し掛かられるように一居に押しつぶされた。うつぶせになっているせいで苦しいことこの上ない。

「く、くる、苦し」

「あ、ワリ」

 そう言って一居は斜めに体をずらす。自分の上の重さが軽くなったことで数人はホウと安堵の息を吐いた。そして自分に圧し掛かっていた相手に「さんきゅ」とお礼まで言う。
 その馬鹿さ加減に、一居は生まれて初めて笑いを堪えるという感覚を体験することができた。

「んじゃ、オヤスミ」

 が、その台詞に流石にブッと噴き出す。やべ、と思いながら上から数人の顔を覗き込むと、

 

「…………ぐー」

 

 寝ていた。

 

 クククと小さく笑いが漏れる。
 三重じゃないが確かにこいつ気に入ったと思いながら、一居も一眠りするべく目を閉じた。

 

 

 

 

                                                    End.



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