タカタ君の非日常的日常C









憲法第19条

思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

 


 

「…なんだ?」

 久しぶりに学校に行き、数人が家に――と言っても当然土屋家に戻ってくると、何故かいつもより人が多かった。台所には冴子のほかにもう二人女性が立っているし、居間には見たことのない中年の男が数人いる。何だこりゃと思いながらも、とりあえず部屋に入ろうと数人が階段を登ろうとしていると、後ろから「おかえり」という可愛らしい声が聞こえた。

「早かったのね、かずちゃん」

「ただいま、三重ちゃん。…今日何かあんの?」

「ママの実家の人たちが来てるのよ」

 そう言って三重はにこりと微笑んだが、数人はそれを聞いた途端「じゃあ!」と言ってそそくさと階段を登った。下から三重が何か言っている声が聞こえてはいたが、数人はとりあえず嫌なものからは逃げる男だった。

 嫌なもの――それは、冴子の父親という単語から派生する。

 数人が初めて土屋家に来た時、門を抜けてすぐのどでかい家が冴子の父親が住んでいる家だと知ったのはそれからすぐだった。そしてその数日後、コンビニから帰ってきた時に、門の周りにあった数十台の黒塗りの車と、とにかく普通じゃない空気を纏った何十人もの怖そうなお兄さんたちが、冴子の父親が「何」であるのか馬鹿な数人に分かりやすく教えてくれた。しかも、顔は見ることができなかったが、冴子の父親らしい人影が現れるやいなや一斉に首を下げた男たちに、数人は彼がどうやら相当でかい極道のトップであることを知らざるを得なかったのである。
 冴子の夫、つまり一居や三重の父親である土屋直行(ツチヤナオユキ)とは数人は何度か会ったことがあるが、そりゃもう穏やかそうな人で、数人はこの家でいちばん気が合うんじゃないかと最初思っていた。だが、実は直行は泣く子も黙る鬼弁護士で、しかも冴子の父親がやっている会社(当然カタギではないらしい)の顧問弁護士と聞いて、あの穏やかそうな顔の下には何があるんだろうと数人はひたすら背筋が寒くなった。
 ――つまり、数人にとって冴子の実家というのは、触らぬ神に崇りなし、の「触らぬ神」という奴なのである。

 


 部屋に入りやっと一息ついた数人は、とりあえず制服を脱いだ。これを着るのももうあと何回かしかないなあと思いながら、学ランをハンガーにかける。
 有名私立高校の制服は、あまり頭の良くない、そして頭が良いようにもまったく見えない数人のビジュアルをそりゃもう助けてくれた。数人の友人たちは皆揃いもそろってその制服に見合う顔と頭を持っているだけに、私服で合コンをしたりすると、女性群から見れば「どうしてこのメンツにあんな男が?」というような事態が日常茶飯事だった。良く言えば童顔、悪く言えばアホ面。それが数人の顔のすべてだったが、当然その事実は友人たちしか知らない。

 何はともあれ、その制服を眺めながら数人が顔に似合わず感慨深げな表情をしていると、ガチャと突然ドアが開いた。とは言え、ノックも何もなく部屋のドアが開けられることは数人にとって既に当たり前になっていたので、別に驚くでもなくドアの方を振り返る。が、そこにいた男は数人が予想していた人物とは違っていた。

 超進学校と名高い高校の制服を着た、やたらと背の高い端整な顔をした男がそこには立っていた。

「…ここは俺の部屋のはずだが」

 そしてその人間から予想外な台詞も発せられる。しかし、土屋家に来てからというもの、突発的な事態というものに否応なしに慣らされてしまった数人は、普通にそれに応えることができた。

「1ヶ月前から俺ここに住んでるけど」

 数人がそう言うと、男は軽く目を見張り、そして納得したかのように口を開いた。

「…お前が兄貴の嫁さんか」

 ――兄貴。
 とすると、このでかい男は一居の弟か、と数人はその顔をしげしげと見つめる。確かに顔のパーツがよく似ていて、ほーか弟か〜と、数人はバカ面をさらしながらニコニコ弟と対面した。すると、何故か弟は戸惑ったような表情になり、フイと数人から目を逸らした。

「…俺は土屋二馬(ツチヤフタバ)。…お前は?」

 何で目を逸らすんだ?と思いながらも、数人もとりあえず自分の名前を言う。さすがに苗字を土屋というのは憚られたので(というより絶対に嫌だったので)、苗字は高田の方で自己紹介をした。

 

 二馬はと言えば、そんな数人にかすかに頬を染めていた。
 数人は邪気のない笑みをにこにこと二馬に向けてきていて、初対面の人間にそういった反応をされたことのない二馬にとって、数人のバカ面は天使のように見えた。冷静に考えればただのアホそうな男でしかないのだが、3年前に冴子の実家に養子に入ってからというもの、二馬の周りには二馬に屈託のない笑みを向けてくる人間はいなかったのだ。

 もともと整っている顔ではあるが、二馬の顔は一居と違って甘さより鋭さの方が先に立つ顔だった。だからか、学校という場においても、生徒から憧憬の目で見られると同時に若干怯えられているのが二馬にはすぐに見てとれて、さらに表情は硬くなった。一方、家に戻れば極道の跡取りということで強面の男たちに頭を下げられる毎日。そんな生活を続けてきた二馬にとって、二馬を見る目に畏怖の色も尊敬の色もなかった数人は、ただそれだけで好意を抱くには十分だった。そして、さらにニコニコと笑みを向けられたとなれば尚更である。
 若干17にして数人のような男に頬を染める事態になった二馬は、もしかしたらとてつもない悪運の持ち主なのかもしれない。…たとえ本人が決してそうは思っていないとしても。

 

「…ずっとここに住むのか?」

 少なからずの期待を込めて、二馬は数人にそう聞いた。しかし。

「うんにゃ。4月からマンション。お前の兄貴と一緒に」

「…そうか」

 表面にこそ出ていないが、二馬は内心物凄くショックを受けていた。そのせいなのか、それとも無意識なのか、もしくは雄の本能か。二馬はそれまで2メートルは空いていた数人との距離を一気に50センチにまで縮めた。

「な、なんだ?」

 微かに怯えたような数人の声に、今度は20センチにまで縮める。すると、天使のような(二馬視点)数人の顔がすぐ近くにあって、二馬は心臓が高鳴るのを抑え切れなかった。強調するが、数人は天使と評されたことなど生まれてこの方一度もない。
 そして、こうなったら距離をゼロにするまでだ…と二馬が思っていたかどうかは分からないが、とりあえず二馬が数人との距離をさらに縮めようとしたちょうどその時、開けっ放しになっていたドアがコンコンと叩かれた。

「………」

 無意識に、二馬は目を据わらせながらドアの方を振り向く。すると、そこにはドアに寄りかかって立っている一つ上の兄がいた。

「久しぶり」

「…ああ」

 およそ半年振りの兄弟の再会――とは誰も思えないような、冷え冷えとした会話だった。

 

 その空気の分からない数人だけが、一人「小腹減ったな」と心の中で呟きながら腹をさすっていた。

 

 

 

                                                  End.



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