後編


 

「……ただいま」

「なんだ、結構早かったな」

「ああ」

 そう言って、数人はぼふんとソファに倒れ込んだ。その様子に一居はピンと来る。が、それもそのはずである。大抵の寝具売り場に丸型ベッド用シーツなぞ置いていないことを知っていて、一居はあんなことを数人に言ったのだから。

「なかったのか?」

 ニヤニヤと笑いながら一居は数人の髪をぐしゃぐしゃと撫ぜる。すると、数人は首だけを縦に振り、心ここにあらずと言った感じでソファの向かいにあるテレビの画面に視線を移した。

「そういや、何でいきなりベッド変えたいなんて思ったんだ?」

「…別にいきなりじゃねーよ。ずっと思ってたし」

「でもきっかけぐらいあんだろうが」

 一居がそう言うと、数人はむっつりと黙り込む。だが、一居が問いかけるようにじっと数人を見つめ続けると、数人はしぶしぶと言ったように口を開いた。

「二馬が…」

「二馬?」

 が、数人は3文字以上言うことができなかった。一居のドスの効いた声がそれ以上言うことを許さなかったのである。

「二馬が何だって?」

 斜め上から数人を見下ろす一居の顔は明らかに機嫌が急降下しているのが分かる。
 何と言うか、色々なことが積もりに積もってこの兄弟の仲があまり宜しくはないことを知っている数人は、不用意に二馬の名前を出したことを思い切り後悔した。

「あ、いや、た、大したことじゃ」

「何だって?」

 一文字一文字、言わなきゃぶっ殺すとでも言わんばかりの声色に、数人はヒッと息を呑む。だが、言えばさらに一居が鬼のような形相になるのが分かりきっていた数人は、なんとかそれから逃げるべく足りない頭をフル回転させた。

「あーーーっと、こ、腰にいいベッドにした方が長生きできるって」

「………」

「あ、違った、ウン、違うね」

 視線で人が殺せるなら、確実に数人は死体になっていただろう。アワアワと言い訳してみたものの、時既に遅し。一居の顔は鬼を通り越してほとんど般若のようになっている。

「さっさと吐け」

「…………………前、お前がいないときに二馬が遊びに来て」

 その時点で、一居のこめかみは目にも明らかにピキリと引き攣った。

「部屋見たいっていうから俺の部屋見せたんだけど、ベッドねえだろ?そんで、どこで寝てんのかって話になってさ。誤魔化しきれなくて、あのベッド見せるハメんなったんだよ。そしたら…」

「そしたら?」

「……兄貴はラブホ慣れしてるから、丸型ベッドだとヤリ殺されるって」

 ――ばき。
 そんな音が耳の近くで聞こえた。なんだ?と数人が怪訝に思って視線を向けると、一居の手に握られていたものに数人はぎょっとした。
 長さ20センチはあったはずのテレビのリモコンが、見事に真っ二つに割れていた。

「…出入り禁止だ」

「へ?」

「今度、俺のいねえ時に二馬入れたら、本気でヤリ殺してやる」

「は?ちょ、なんで」

「ああそうだ。夫婦の性生活ってのも見直さねえとな」

「せ…!?」

「丸型ベッドが俺がお前とヤリまくる理由だなんて思われたら心外だからな。とりあえずこの部屋のありとあらゆる所でヤってやるよ。ああ、今日は玄関でもいっとくか?」

 一体何をどうしたらそういうことになるんだと、数人は本能で一居の傍から逃げようとした。だが、ソファから離れようとしたところをむんずと腰を掴まれ、あれよあれよと言う間に一居の膝に乗せられる。そして一気に上に着ていたカットソーをガバリと剥がされた。

「おま、まじでヤる気じゃ…っ」

 言い終える間もなく、何時にない性急さで口付けられ、ベルトを外される。カチャカチャ音が鳴ったかと思うと、すぐに一居の数人より体温の低い指先が下着の中に入り込んできて、まるで当たり前のように数人が感じる所を次から次へと刺激した。

「……ッッ!」

 いつもより断然早く、高みへと追い上げられる。動きを早くした手にぷつりと先端を押されて、数人は堪らず射精した。どくどくと一居の手に吐き出される濡れた感触に、数人は恥ずかしいやら気持ちいいやらで、ハアハアと息を荒くするしかなかった。
 だが、スルリと一居の指が数人の後腔に伸びてきて、数人は息をつめる。その指先にはついさっき数人が放ったものがついていて、それを塗りこめるように一居は数人の中につぷりと指先を入れた。

「…ヒッ…!」

 入ってきたと同時に無遠慮に数人の中を動き回る指。だが、その指は明らかに数人が感じるのが何処なのか分かっていて、そこを押される度に萎えていた己の性器が再びもたげてくるのを数人ははっきりと感じた。そして、服ごしに数人の腹に当たる一居の硬い性器の感触に、数人は体と頭の両方を刺激されずにはいられなかった。
 それを分かっているのか、一居は数人の首筋に軽く息を吐きながら腰を数人に押し付けるようにしてくる。微妙に数人の性器に当たる一居のそれの感触が、数人をどうしようもない気持ちにさせた。

「一、居…っ」

「…何だよ」

 分かっているくせに、そういうことを言う。悔しくて一居の首筋を軽く噛んでやると、クと笑うような声が聞こえた。

「欲しいんなら、そうしろよ」

「ン、アっ…!」

 くい、と指がある一点を押し続ける。数人の性器の先からは透明な雫がタラタラと流れ続けていて、早く、早く次の刺激が欲しいと叫んでいるかのようだった。

「そ、うし、ろって…ン……どーゆー…」

「俺のコレ、お前が取り出して、そこに乗っかれよ」

「は!?何言って…ヒ、イっ!!」

「欲しいんだろ?」

「ぁ、ア、アっ」

「…やれよ、数人」

 その、低くて甘ったるい声に、数人は無意識に一居の首に回していた手を下に下げた。そして、震えそうになる指をなんとか宥めながら、一居のベルトを緩めジッパーを下げる。そして、黒い下着の中に手を入れて、反り返っている一居の性器を軽く撫で上げると、余裕そうだった一居の息が少し乱れた。

「…オラ、入れろよ」

 それでも、どこまでも余裕そうな笑みを浮かべながら、一居は数人にそう言ってのける。一居の指にずっと解されていた後ろは確かにもう柔らかくなっていて、数人はちくしょうと色気のない台詞を心の中で呟きながら、ゆっくりと腰を上げてずるりと一居の指を抜いた。

「ン…ッ」

 かすかに指が数人の感じるところを掠めて、小さく声が漏れる。だが、指を抜いてしまえば、とりあえずのところは数人をどうにかさせるものはもう何もない。はあはあと肩で息をつきながら、数人はずるずるとソファの下のラグに座りこんだ。

「あ?なんだ、ヤんねえのか?」

 うるせえ、と言ってやりたいのは山々だが、何分数人はそれどころではない。体じゅうが敏感になっている己を叱咤して立ち上がり、数人は一居を見下ろして、に、と笑ってやった。

「今日は玄関、なんだろ?ここで俺がやる必要は、ねえ、し」

 幾分どもりつつではあったが言いたいことは言ってやった、と数人はとりあえず自分の部屋へと向かった。ともすればすぐにも火がつきそうな体を鎮めるには、部屋で一人じっとしているのが一番だと数人は知っていたからだ。
 ――だが、敵は数人より一枚どころか百枚ほど上手だった。
 ソファの脇を通り過ぎようとしたところで、ぐい、と左腕を引かれた。そして、立ち上がった一居に引っ張られるようにリビングのドアを抜け、玄関に連れて来られる。まさか、と一居に掴まれた腕を離そうと足を踏ん張ったときにはもう遅く、かなりの強さで玄関のドアに押し付けられた。

 そして。

「…っっ!!」

 ガバリとズボンを下げられ、腰を引かれる。

「…望みどおり、ここで犯してやるよ」

 耳元で、吐息と一緒に囁かれる卑猥な言葉。そしてそのままずぶりと貫かれて、数人は高く声を上げた。

「アっ、アア、ア、」

 ドアに張り付いた数人の手の上に、ゆっくりと重ねられる一居の大きな手の感触。
 首元にかかる熱い息。
 かすかに香る、一居の匂い。

「…ンっ、あ、あ、イチ、イ……っっ」

 1年前には知らなかったその全てが、なぜ今はこうも――。

 いつのまにか果てて、そして、一居のものが中に注ぎ込まれたのを感じてから、数人はフッと意識を失った。

 

 

  

「よお、二馬」

『……何か用か』

「ああ。この間俺と数人の結婚記念日だったの、お前知ってんだろ?」

『………』

「祝い品貰ってねーのお前だけなんだよ。で、頼みがある」

『……何』

「俺らの家にある丸型ベッド、お前も知ってんだろ?あれのベッドカバーが欲しいんだと、うちの嫁さん」

『………』

「今のは無地だから、今度は柄モンな。ああ、色は女が好きそうなやつで頼むわ。じゃーな」

 そう言って、一居はブツと電話を切った。
 そしてクククと肩を震わせる。受話器の向こうで己の弟がしている表情が容易く想像できて、一居は自分の嫌がらせが相当功を奏したことを確信せずにはいられなかった。
 そしてふと顔を横に向ける。そこには、玄関からベッドまで運んでやった新妻がぐーすか眠りこけていて、一居は汗で額に張り付いていた髪を普段からは想像もつかないほどの穏やかさで剥がしてやった。

「…ん」

 少し首を動かしたものの、数人に起きる気配はない。
 寝ている時はこれでもかとアホそうな顔なのに、この顔が作る笑顔がどうしてああも自分の心を掴んで離さないか、1年経った今でも一居は分からないでいる。
 だが、別にそれでいいのだと思う。
 この1年、何故か数人と過ごした時間に嫌な思い出というものは一つもない。逆に、いつ、どの時を思い出しても己は笑っていた記憶しかないのだ。
 そんな1年など過去には一度もなくて、きっと自分はこの男と何だかんだ言いながら一生上手くやっていけるのだろう。

「ま、幸い体の相性もいいし」

 ――次は台所ってとこか。
 そんな、数人にとっては不穏としか言いようのない独り言を呟いて、一居は目を閉じる。

 

 隣に感じる体温が愛しいと思えるのは、多分気のせいじゃないだろうと思いながら。

 

 

  

                                                   End.



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