――ごめん、愛して。

 それは、呪文。まじないの言葉。
 そうすることでしか手に入れられなかった俺の、最後の悪足掻きで。
 最後の、罪。

 

 

  


 
居もしない誰かに想いを馳せることを『恋』と呼び慣らし
 
……こんにちは、僕の世界へようこそ


  

  

「…蓮?」

 眼前に広がる虚空と、後ろから聞こえる澄んだ声。
 俺が焦がれてやまない、空気に溶けることができるんじゃないかとすら本気で思った、美しい、ひと。

「な、に、してる…?」

「なあ、桐」

「…何だ?」

「愛してるよ」

 ――なのに、この美しい人間の内側に、俺はどうしても入ることができない。
 俺は、桐の中のもっともっと深いところに入っていって、そして、桐を構成する細胞のひとつになりたかった。そうしたらきっと、桐と同じものを見て、桐と同じものを聞いて、桐と同じことを感じられた。
 それから、俺が桐を愛しているということを、桐の心臓に刻みつけてやれた。

「蓮…とにかく、こっちに来い」

「桐、俺さ、愛してたんだ」

「……分かったから。だから、」

「分かってなんかないだろ?」

 だって。

 俺が桐をずっと家に閉じ込めたときも。
 俺が桐の腕の骨を折ったときも。
 ――俺が、桐を相良と呼んだときも。

 桐は、俺を責めなかった。

 一度も。
 そう、ただの一度も。桐は、俺を責めはしなかった。
 俺を、憎んではくれなかった。
 あの、何もかもを包みこんで、そして、何もかも隠してしまう笑みを俺に向けるだけで、決して俺をなじってはくれなかった。

「分かってなんか、ないんだ」

 ――なあ、桐。
 それが、どれだけ俺を絶望させたか分かるか?
 俺は桐に憎まれなければ、桐に許しを請うことも、桐を愛してると言うこともできなかったのに。
 何もかもをその体に閉じ込めて、色んなものから目を背けて。
 そうさせたのは紛れもなく俺なんだってことを分かってはいるけれど、それでも。
 それでも、俺は桐に俺を憎んでほしかった。

 ――愛してほしかった。

「…愛してるよ、桐」

「……蓮」

 俺は、桐を愛してたよ。
 桐は俺が桐を愛せるはずがないと言ったけれど、俺は、確かに桐を愛してた。

 相良は知らず俺のすべてを侵蝕して、なのに、心を侵されるその感触があまりに心地いい人間だった。
 だから、相良を失って、俺の体は穴だらけのままただ冷えていくだけで、その寒さに耐え切れずに俺は自分を狂わせた。
 狂うことができた。

 桐、お前は、俺に狂うことすら許してくれない。

 桐に塞いでもらった穴は、俺にはあまりに優しすぎて、そこから絶えず血が流れている気がしてならないよ、桐。
 その痛みのせいで、俺は桐を忘れることもできない。
 どうせなら、いっそ俺の傷痕を抉ってくれよ。
 そしてそのまま俺を壊してくれよ。

 桐、どうして、俺に何の痕も傷も、そして何かの感触すら、残してくれない?

  

「――ごめん、愛して」

 

 そう言って、俺が二度と戻ることのない世界に足を踏み出した時の桐の顔を、きっと、俺の魂は永遠に忘れない。

 

 

 水面の太陽を手に入れた、その瞬間を。

 

 

 

 

居もしない誰かに想いを馳せることを『恋』と呼び慣らし
……こんにちは、僕の世界へようこそ

  

                                                  End.



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