6 −side k−


 

 それを話すのは何よりも――生きることよりも辛いのかもしれない声色で、蓮は「相良」のことを話し続けた。
 その声は聞いている方が痛くて、何度も「もういい」と言おうとして、結局言えなかった。蓮が「相良」が死んだことを口にする前に止めてやればよかったと、それを口にした途端口を閉ざしてしまった蓮にそう思った。

 言葉にするには、多分まだ蓮には時間が必要だったんじゃないかと思う。言霊の力はやはり確かにあって、言葉を自分で発することでその言葉は自分の中に響き渡る。分かっていてもできないということがあるように、頭で理解していても、心が受け止められないということは確かにある。

 蓮にとっての「相良」が、その全てであったのなら、蓮は、「相良」が死んだことを分かりたくなどないはずだ。

 全身全霊で、否定したいはずだ。

「…時々、桐が相良にしか見えなくなるときがあった」

「………」

「でも、相良はもういないだろ?だから、耐えらんなくて、夜中に外に出た」

「…そうか」

「……ほんと、最初会ったとき、あんまり似ててびっくりしたんだ」


 ――それは、蓮にとってどれくらいの衝撃だったんだろうか。

 いなくなったはずの人間が目の前に現れたら――ましてや、それが焦がれて仕方のない人間だったのなら。

 蓮にとって、母であり、父であり、親友であり、恋人でもあった人間なら。

 

『俺を殺してくれない?』

 

 そう願っても、何もおかしくはないかもしれない。

 

「…なあ、蓮」

「……うん」

「お前が、ヘーキって思えるまで、ここにいていーよ」

「………え?」

「最初さ、聞いただろ?『ヘーキか』って。お前、全然ヘーキそうじゃないし、だから、ここにいろよ」

「き、り」

「役に立つか、わかんねーけど」

 俺は「相良」がどんな人間だったかなんて知らない。蓮にとっての「相良」のようになれるとも思わない。
 それでも、俺と彼がそんなに似ているのなら。

「顔ぐらい、いくらでも」

 

 蓮は、泣いた。
 薄茶色の目から零れる涙は、それが俺からも出るものだとは信じられないほど透明で、綺麗で、そのまま固まれば宝石にでもなるんじゃないかと馬鹿なことまで考えた。

 でも、誰かのために流した涙は、きっと何より綺麗だ。

 それが、全身全霊で愛した人間なら、尚更。

「桐…桐………相良っ…」

「…ん」

 背骨が折れそうなほどきつく抱きしめられて、それは確かに痛みなのに、何故か痛いとは思わなかった。

 それは、俺の名前を呼んで俺の体を抱きしめながら、蓮が想っているのは「相良」だからなのかもしれない。

 堪えきれないように、蓮が彼の名前を呼んだからなのかもしれない。

 

 誰かの代わりになることは、相変わらず俺の中に少しずつ穴を空けていく。

 でも、俺はもう間違わないと決めている。それがどんなに痛かろうが、苦しかろうが。

 

 蓮が、俺を「相良」の代わりにするのなら、それは蓮の自由だ。自分が相手に向ける感情と、相手が自分に向ける感情が同じであることは奇蹟だから。

 きっといつか、蓮は俺が「相良」じゃないことに気付いて、俺の傍からいなくなる。それまでは、傷ついているだろう蓮の慰め役になっても別にいい。

 

 俺は、もう間違わないと、彼女に泣かれたときに決めたのだ。

 それが今だというのなら、俺のできうる限り、蓮にとっての「相良」の代わりになればいい。

 

 そして蓮が気付いたとき、何もなかったように振舞えばいい。

 

 ただそれだけだ。

 

 


HOME  BACK  TOP  NEXT 

 

   

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送