5 −side k−


 

 体の上を舌や指が這いずり回る。その感触が気持ち悪いものでしかないのは、蓮が、俺の体を通して他の誰かを抱いているからなのかもしれない。男だから触られれば体は感じるが、当然のように頭の中は冷めたままで、何とはなしに見た蓮の顔に頭はさらに冷えた。

 「相良」を抱いている。

 まるで何よりも愛しい人間であるかのように俺を見る蓮の目は、確かに俺を見てはいなかった。蓮がそんな目を俺に向けるとき蓮が俺を誰だと思っているのか、それをこの1ヶ月で俺はよく知っている。蓮は、「俺」にはそんな視線を向けたことは一度たりとてないのだから。

 どうすればいいだろう、と思う。
 このまま抱かれてやることもそんなに難しいことではないし、俺が「相良」にしか見えなくなるほど蓮が彼に焦がれているというのならそうしてやった方がいいような気もしていた。別に抱かれたところで俺の何かが傷つくわけではないし、ただほんの少しばかり、体の中に小さい穴が空いたような気になるだけだろう。

 だが。

 きっと、蓮は気付くだろう。俺は相良ではないことに。
 誰かを誰かの「代わり」にすることは、簡単なようでいて、ひどく難しい。


 ―――それを、俺はよく知っている。


「……蓮」

 びくり、と蓮の動きが止まる。

 ほら、気付いただろう?

 俺は、お前の大事な相良じゃない。

 お前がどうしようもなく愛しているんだろう、彼じゃない。

「き…り……」

「ん?」

「な、んで」

「…気付くと思ってたからな」

 

 ギリギリまで蓮の薄茶色の目が見開かれて、その痛々しさに何故か涙が出そうだった。

 

「……ごめん」

 俺の衣服を元に戻しながら、蓮は俺の上から体をどけた。途端体じゅうから力が抜けて、ああやはり緊張していたんだなと今更ながら気付く。――と、突然蓮は立ち上がり、俺が止める暇もないまま戸を開けて外へ出て行った。

「蓮!」

 今は、今だけは絶対に蓮を一人にはできない。適当にシャツの釦を留めて急いで外に出ると、蓮はドアの脇に片足を伸ばして座っていた。腰を降ろし、蓮と同じ目線になってその顔を見れば、両目からはとめどなく涙が流れていた。

「…蓮」

 その表情を全く変えずに、ただひたすら目から涙を流している。

 こんな泣き方をする人間を、俺は他に知らない。

「中、入ろう」

 それでも、その目が俺を映していなくても、俺はそう言った。

 きっと蓮は聞こえている。
 何もかもを拒絶していているような目をしていても、きっと、俺の声はその耳に届いている。

 途端、ぐいと右腕を引っ張られ、そのまま抱き込まれた。
 その細い体のどこにそんな力があるのかと思うほど強く抱きしめられ、その強さの分、蓮は何かに絶望しているんじゃないかと思った。

「…相良は」

「…え?」

「相良は、俺の家の向かいに住んでた。…俺の両親は物心ついたときには年中喧嘩ばっかしてて、気付いたときには父親が家からいなくなってた。小学校上がる前、幼稚園から帰ったらいきなり母親に殴られて、家飛び出した。そしたら、相良がいた。」

 

 「相良」のことを話し続ける蓮の顔を、抱き潰されている俺は見ることができない。

 だが、それは良かったのかもしれない。

 

 きっと、誰にも、「相良」以外の誰にも見せたことのない表情を、蓮はしている。

 

 

  


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