4 −side k−


 

 入院と同時に友人と一緒に帰るだろうと思っていた蓮は、何故かその日のうちに家へ戻ってきた。が、結局、蓮が戻ってきて少ししてから、その両の拳に巻いてあった包帯に血が滲んでいることに気付いて、病院に舞い戻ることにはなったのだが。
 病院に行けば、時間外勤務だろう医者にこっぴどく怒られたのは何故か俺で、蓮はと言えば前よりも厳重に巻かれた包帯に不機嫌そうな視線を向けるだけだった。とりあえず荷物を取りに行かないとと思い、蓮を連れてエレベーターに乗り込む。すると、疲れたのか俺の肩に額を乗せてきて、なんとなくそのままにしておいてやった。


「蓮!おま…どこ行ってたんだよ!」

 病室に入ると見知らぬ人間が二人いた。その台詞からして蓮の友人には間違いなかろうが、病室に入った途端今度は背後霊のように背中にべったり貼り付いてきた蓮はその声にぴくりとも反応しない。蓮が一度寝るとてこでも起きない、というよりは眠りに極度の執着を見せる男だということは短い付き合いでも理解していて、はあと一つ溜息をついて俺はその二人に向き直った。

「…時田と言います。杜さんに電話した者です」

「時田?…あ、もしかして『桐』?」

 何で俺の名前を知ってるんだとは思ったが、否定する理由もないので小さく頷いた。

「なるほどねー…。蓮が手紙見て病室飛び出してったからさ、誰が書いたんだと思って見てみたら、「桐」って書いてあったからさ」

 ああそれでか、と納得がいき、その手紙に視線をやると、何故か二人は俺のことを凝視していた。いや、俺というよりは俺の後ろに眠りこけている蓮を見ているのかもしれない。なら俺も見てやろうと二人の顔をじっと見ると、何と言うかじっと見ずともやたら顔の整っている二人組だった。杜という名前だろう男も名前も知らない男も、まるで雑誌から抜け出てきたような姿形をしている。二人と蓮がどういう関係なのかは知らないが、この3人が並んで街を歩けば良くも悪くも目立つに違いないだろうなと思った。

「あぁ!」

 と、杜という名前の男がいきなり叫び声をあげた。変な沈黙が場に流れていたせいで、俺は声にこそ出なかったものの心臓がばくばく言っている。なんだ?と思いながら杜に視線を移すと、彼は俺を指差しながら口を開いた。

「お前、相良に似てるんだ」

「……おい」

「あ?まずいか?」

 いきなり俺に聞こえないぐらいの音量で喋り始めた二人組から視線を外しながら、何だそのことかと目を伏せた。

 どうやら、俺の顔が『相良』という人間に似ているのは確定的らしい。
 これで間違えられたのは一体何度目だと数えようとしたところで、ふと、相良は男だろうなとあまり場にふさわしくないことを俺は考えた。俺の顔は当然女に間違えられるような顔では全くないし、これまでだって一度足りともそんなことはない。だが、蓮のあの顔と声は、それこそ恋人にしか向けないようなそれで―――。
 そこまで考えて、蓮ならどっちだっていいのかもしれないと思った。好きなら好き、嫌いなら嫌い。男だろうが女だろうがその基準以外の世間的な常識は蓮には当てはまらないのかもしれない。それこそ、毎日のように蓮は生でセロリを食べているがそれは蓮がセロリが好きだからで、大抵の人間がその味に顔を顰めることなど蓮には関係ない。逆に、日本人の主食である米を蓮が全く食べられないのは、蓮が単に米が嫌いだからだ。
 それと同じことなのだろう。

「…なあ、なあって」

「…え?」

 つい考え込んでいたせいで呼びかけられているのに全く気がつかなかった。顔を上げれば二人が怪訝そうな表情で俺を見ていて、ハッと我に返った俺は無意識に緩んでいたらしい表情を元に戻した。

「…お前、相良を知ってるか?」

 それまで一度も俺に話しかけてこなかった男が厳しい表情で俺を見ていた。

「いや、知らない」

「……なら、教えとく。蓮と付き合いがあるなら、知っといた方がいいことだからな。…相良ってのは」

「言わなくていい」

 聞かされる前に、俺はそう言ってその先を言わせなかった。

「蓮の大事な奴なんだろ。それだけ知ってりゃ十分だから」

「…お前」

 と、突然その男の隣にいた杜に正面から衝突された。いや、それは俺から見ればそうとしか思えなかっただけで、どうやら杜は俺を抱きしめているつもりのようではあったが。前から後ろから自分より一回りもでかい男たちに抱き潰されて、俺はハムじゃねえと叫びたくなるのを何とか堪えた。

「ほんっとイイ奴だな時田ちゃん」

「…ちゃん付けはやめてくれ」

「ヤダね。響きが気に入ったから」

「おい」

「あ、俺は杜。窪塚杜(クボヅカモリ)。あっちにいるのは北原万里(キタハラバンリ)。長い付き合いになるだろうからこれからよろしく」

 なんでだ。その4文字だけが頭の中をぐるぐる回ったが、サンドイッチ状態ではその4文字すら声に出すのはかなりの困難を伴った。というより、そろそろ生死すら危ぶまれる。

「は…肺が…」

「アラ?悪い悪い」

 悪いとは微塵も思っていないような表情と声色でそう言いくさる目の前の男をキッと睨みつけながら、俺はゼエハア息をついた。が、当然後ろにはまだ背後霊がベッタリくっついたままで、いくら体重が軽いとは言えそれは身長にしてはというだけで、180を超えている男が乗っかっていればそろそろ肩やら腰やらが限界に近い。

「時田、お前蓮と暮らしてるのか?」

 そんな俺の状態を知っているだろうに、それでも尚手助けをしようとしない二人組のうちの一人がそんなことを聞いてきた。見た感じ3人の中では一番理性的に見えるのだが、こんな俺を見ても何も感じないのかと内心恨み言をぶつぶつ言いながら首を縦に振った。

「なら、少し面倒をみていてくれ」

「…少しも何ももう1ヶ月だ…」

 この、時々人間外の生き物にしか思えない男を同居させ始めて。

「ぶははははははははは!!マジで!?」

 夜の病室に杜のバカ笑いが響く。そんなに笑うことかと思いながら二人に顔を向けると、何故か北原まで心底驚いたように目を見開いていた。

「…蓮と同じ家で1ヶ月も過ごせるとはな…」

「ほ、ほんとだよなあ!バリバリのお人よしかただの馬鹿かのどっちかだぜ」

「後者に100万」

「まじ?じゃあ俺お人よしに俺の車一台」

「…期間と基準はどうする?」

「期間は今日から2週間、基準は俺の直感とお前の性格分析の合わせ技でいいんじゃね?」

「乗った」

 ニヤ、と人の悪そうな笑みを浮かべて視線を合わせる二人の男に、そんなことはどうでもいいから、既に地縛霊化している背中の男をどうにかしてくれと俺は心底思った。

 

 

  


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