17 −side k−
いつまで、続くだろう。
いつまで、続けることができるだろう。
多分、俺と蓮はお互いがそう考えていたはずだ。
まるで以前と一つも変わらないような生活を続けながら、それでも二人の間にある小さな歪みからはどうしても逃げられず、毎朝起きるたびに今日は平気だろうかと思い、毎晩寝るたびに安堵する日々が、今の俺と蓮の毎日だった。
その思いは、もしかしたら、蓮よりは俺の方が強いのかもしれない。
蓮は、毎日のように俺の名を呼び、俺を抱きしめるだけで、そこに俺が抱いているような不安はないのかもしれない。
でも、それでも。
たとえば蓮が俺を正面から抱きしめることとか、目が覚めると、俺より先に起きることのなかった蓮が俺の顔をじっと見ていることとか、そういうどこか不自然としか言い様のないことがやはり確かにあって、俺はどうしてもこの日々に終わりがくることをどこかで感じずにはいられなかった。
『桐』
そう俺の名を呼んで、そして微笑みながら俺を抱きしめる蓮のその笑みを、俺が蓮の「相良」だった時に向けてくれた笑みと比べては、その度に俺の体の奥は少しずつ膿んでゆく。
それは、もしかすれば、一度覚えた愛を失うことへの恐怖なのかもしれない。
失いたくないとそれこそ祈るように強く思うほど、失うことへの恐怖はどんどん募って、もう逃げ切れないところまで来ているように思えた。
「桐ー、今日一緒に寝ようよ」
風呂から上がり、布団の上で寝転がりながら蓮は何でもないことのようにそう言った。
「…そうだな」
蓮の顔を見ることができず、俺は机に向かったままそう答える。俺の答えに蓮は嬉しそうに「やった」と言って笑って、そして歯を磨いてくると言って風呂場に消えて行った。
――俺と蓮が一緒に寝るのは、蓮が戻ってきて初めてだということに蓮は気づいているだろうか。
それとも、それを知っていて、そうすることが蓮にとって大したことではないということなんだろうか。
「…くそ」
もう嫌だ、と思う。
蓮と一緒に暮らすことが、じゃない。こうやって、蓮の言うこと、蓮のすること一つ一つを考えすぎる自分が、もう嫌だと思うのだ。
蓮はまるで何事もなかったかのように、以前の生活に戻ろうとしているのに、どうして俺だけがこうも不自然なんだろうと。
静かだった。
聞こえるのは、時計の秒針が動く無機質な音と、時折聞こえる冷蔵庫の鈍い音だけで、この当たり前の静かさがもう当たり前に思えなくなっている俺は、多分もう限界なんだろうと思った。
「桐」
「…ん?」
「抱いても、いい?」
前なら、絶対に言わなかった蓮のその言葉を、俺は思うより動揺せずに聞いた気がする。
「…ア…ッッ」
思わず、声が漏れる。ずっと抑えていた声が抑え切れなくなってきて、俺は堪らず強く目を瞑った。
だが、目を瞑れば、蓮の荒い呼吸とか、蓮が動く度に聞こえる濡れた音が恐ろしいほど鮮明に耳に届いて、俺はゆっくり目を開ける。
目に入ってきたのが白いシーツではなく、蓮の顔だったのなら、俺は間違いなく高く声をあげてしまっていただろう。
「大、丈夫?」
後ろからそんな蓮の声が聞こえて、どうにかそれに小さく首を縦に振った。すると、蓮は一度俺から出て行き、そして俺を仰向けにして抱え起こした。そのまま間を置かずにまた蓮が入ってきて、俺は堪え切れずに声を出す。今度は嫌が応でも目に入ってくる蓮の顔に、俺はもう何もかもを抑え切れないだろうと思った。
「…動くよ」
「え……ヒッ、アっ、あ、アアっっ」
耐えず抜き差しされるそこからは、体じゅうを支配するような強い快感しか感じられず、だんだん頭の中が空っぽになっていく。
白い靄がかかったように見える視界の中で、無意識に蓮の顔を探すと、蓮は一度も見せたことのない男の顔をしていた。
そのまま、俺を奪い尽くしてくれたらいいのに。
そうすれば、俺はもう何も考えずに済む。
「アッ、ア…ッ、イ、く…っ、蓮…っ」
「……っっ俺も、」
――サガラ。
蓮の腹に俺が精を吐き出し、そして蓮が俺の中に精を吐き出したその瞬間、
掠れた声で囁かれた蓮のそんな言葉も、聞かずに済んだ。
蓮が、目をギリギリまで大きく見開きながら俺を見つめたその瞬間、俺はちゃんと笑えていただろうか。
大丈夫だからと。
分かっていたんだと。
蓮は、狂うほど愛していた人間が過去にいて、その人間を喪って、彼が死んでもなお恋焦がれていて。
そんな蓮を――己を見失うほど焦がれた人間がいる相手を愛するというのは、こういうことなのだと。
目を閉じて、何故か思い出したのは教授の言葉。
確かに、あの人と俺は似ているんだろうと、冷えていく体を感じながら、そう、思った。
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