11 −side r−


 

 毎日、家でゴロゴロしている。テレビを見るのに飽きれば、そのままクッションに顔を埋めて眠ってみたり、眠るのに飽きれば、もう一度テレビをつけてみたり。そんな、れっきとした18の男として間違っているとしか言いようのない生活をもう何日も送っている。
 ああ、それだけじゃないか。
 時々、家から持ってきた西洋建築の本を開いて見たりもしている。そこには地味で荘重な建物もあれば、そのままハリウッドのセットにでも使えそうな城まであって飽きることがない。俺が建築学科なんてものに入った理由は至極単純で、小さい頃、両親から隠れて逃げ込んだ父親の書斎にあったこの本に、一目で目を奪われたからだ。経営やら経済やら、その時の俺にはタイトルすら読めなかった本の群れの中で、この本だけが一つ異彩を放っていた。

 あの時の俺には、本の中の建物たちは、まるで童話の世界にすら思えたほどに。

「蓮、メシできた」

 そこに相良の声が聞こえて、俺は開いていた本を閉じ、点けっぱなしにしていたテレビの電源を切った。家とは違って、起き上がって3歩歩けば辿り着くこの家の台所が俺はとても気に入っている。もちろん、テーブルの上に並べられた相良の料理も。

「すご。…あれ、相良ってこんな料理できたっけ?」

「…大したもんじゃねえよ」

「それ謙遜?らしくない」

 アハハハと声を上げて笑えば、相良は一瞬困ったような表情をして「座れ」と俺に言った。それに素直に従って椅子に腰を下ろし、相良が椅子に座るのを待つ。コップにウーロン茶を入れてテーブルに二つ置くと、相良は少し疲れたように椅子に腰掛けた。

「…疲れてる?」

「いや、昨日遅くまでレポート作ってたからな、寝不足なだけだ」

 そういえば、昨晩遅くまで机の電気が点いていたなと思う。だが、それにしてもあの相良が徹夜でレポートなんて、雪でも降るんじゃないだろうか。俺が知る限り、中学高校と宿題と名のつくものをやっていたところを一切見たことはないのだが。
 でも、それを言えば相良が怒り狂うことは長年の経験で分かっていたので、俺は何も言わずに「いただきます」と言って手を合わせた。

 


「今日はどっちで寝る?」

 風呂から上がって髪をタオルで拭いていると、相良がそんなことを聞いてきた。

「どっちって…相良が選ばない方でいいけど」

「…じゃあ俺は今日は布団で寝る」

 ふわあと大きな欠伸をしながら布団に入り込む相良を、俺はまるで相良じゃない人間を見ているような気分で見ていた。
 本当に、どうしたんだろうかと思う。
 まだ俺も相良も実家に住んでいた時は、俺が相良の部屋に泊まりに行けば、必ず相良がベッドで俺が床か、もしくは二人でベッドで一緒に寝るかのどっちかだった。
 この部屋で暮らすようになって性格まで変わったんだろうかと思って、一緒に暮らし始めた頃を思い出す。あの頃は―――。

「……?」

 ――あの頃は、どうだっただろうか。

 というより、どうして一緒に暮らすことになったのかすら思い出せない。それも、靄がかかっていて思い出せないという感じではなく、思い出す過去すらないような、そんな感じがする。

「――っっ」

 ザワリと背筋に怖気が走る。自分の記憶がまるで自分のものではないようなおぞましい感触。そして、目の前で横になっている相良の、どこか現実味がなくなっていくようなわけの分からない恐怖が俺の体を走り抜けて、俺は堪らず相良の布団の中にもぐりこんだ。

「つっ、つめたっ!?な…おい、蓮!髪、髪濡れてる!」

「相良」

「んあ?」

「相良…相良相良相良相良」

「……蓮?」

 訝しげに俺の方に体を向けようとする相良を、俺は後ろから抱きしめることで防いだ。

 抱きしめた体はあったかくて、その温度にそれまでの恐怖が嘘のように消えていく。相変わらず俺より一回りも小さい相良の体は俺より少しだけ体温が高くて、そのことにどうしようもなく安堵した。

 

 この存在が俺の記憶からなくなるなんて、あるはずがない。

 きっと、ただ思い出せないだけなのだ。

 

「相良、好きだよ」

 そう言ってさらに強く抱きしめれば、やはり相良の口から同じ台詞は聞こえなかった。
 でもそれはいつものことだ。俺は多分毎日のように、暇さえあれば相良に好きだと言っていたが、相良はそんな俺の頭を軽く叩くか、どこか泣きそうな顔で俺を抱きしめるかのどちらかだったのだから。
 今日は、どっちだろう。
 頭を叩かれるのがほとんどだった分、時々与えられる相良の腕は本当に温かかった。

 

「俺もだよ」

 

 

 ―――え…?

 

 

「…オヤスミ、お前ももう寝ろ」

「あ…うん」

 

 今、相良は何と言っただろうか。

 なんて、言ったんだろうか。

 

 ああ、また思い出せない。

 今度は靄がかかったようになって、たった数文字の言葉を思い出すことができない。

 

 

 それはまるで、その言葉は相良の記憶ではないと、俺の体が叫んでいるような。

 

 

 


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