11 −side k−


 

「どういうことだ」

「……見たまんまだ。今、蓮の中では、俺は「相良」になってる」

「何で」

「…さあな」

 家を訪ねてきた杜と北原は、蓮のあまりの変わりようにすぐに何かに気付いたようだった。部屋に入って10分もしないうちに、北原は買出しと称して蓮を一緒に連れて行き、俺は部屋の中で杜と向かい合っている。その杜の顔が、今にも俺の首を絞めてしまいそうなほど凶悪な顔をしていて、蓮がいないだけで部屋の中の温度がこうも下がるのかと少しだけ笑えた。

 杜とて俺と二人になど絶対になりたくはなかっただろうが、今ばかりはそうも言っていられないんだろう。

「…どうするつもりなんだ、お前」

 少しは落ち着いたのか、前よりは穏やかな声で杜がそう言った。

「別に。どうもしない」

「はぁ?お前ふざけてんのか?」

「ふざけてなんかない。あいつが俺を「相良」だって言うんなら、それに乗ってやるだけだ」

「考えなしに乗ったっていつかボロ出るに決まってんだろうが」

「今の段階でもう不自然だってことは、お前だって気付いてるだろ?」

「……………」

「…それに、ボロが出るって言い方だから悪いんだ。蓮が俺が「相良」じゃないってことに気付くのは早ければ早い方がいい。…気付いた時が、蓮が今度こそこっちに戻ってきた時だろうし」

 現実にとどまっていられなくて、街をふらつき、俺を「相良」だと思って抱きついては、朝目覚めて現実に戻る。それが、これまでの蓮の全てだ。きっと、夢の中で相良に会うだけの毎日は、蓮にとって思う以上に苦痛だったはずだ。どうせならずっと現実になど戻ってきたくはないのに、俺が「相良」ではなく、「時田桐」であることが、蓮を否応なしに現実に引き戻した。

 なら、一旦戻ってこられなくなればいい。

 どれくらいかは分からない。3日かもしれないし、3ヶ月かもしれない。でも、そこからこっちに戻ってくることができれば、もう蓮は向こうに行くことは二度とないだろう。

 俺さえ、そこにいなければ。

「ちゃんと、そん時は消えてやるよ」

「……それで、お前は何を得る?」

 思いも寄らないことを聞かれて、俺は伏せていた目をあげた。そこには、何を考えているのか分からない杜の顔があって、だが、前に見たあの笑みよりは、優しい表情かもしれないと思った。

「―――許し、を」

「…何?」

「いや……俺の思い込みみたいなもんだ」

 そうだ。思い込み以外の何物でもない。

 彼女にできなかったことを俺は蓮にしようとしていて、そして、蓮を引き戻すことができれば、俺は許されたと思えるかもしれないと、傲慢にも考えただけだ。

「…すぐ、蓮から離れろ。あいつが元に戻ったら、すぐに」

 今度こそ冷たいとしか言いようのない表情で杜にそう言われ、俺は苦笑しながら思考を今に戻す。

「分かってる」

「……相良に似てさえなかったら、絶対近付きたくなかったぜ、お前みたいなのには」

「ハ、そりゃこっちの台詞だ。笑いながら人殺しそうな顔してる奴に言われたくない」

 そう言うと、杜はあからさまに眉間に皺を寄せた。それがあまりにいつもの杜の表情からはかけ離れていて、つい噴き出してしまう。そんな俺に、杜は本気で殴り殺しそうな目を向けてきたが、突然フッと表情を元に戻した。

「お前、あの教授とはどうなってる」

「……は?」

「樋口、だっけ?どー見ても教授と学生ってだけには見えなかったぜ」

 杜の台詞に、ああ、あの時かとつい何日か前を思い出す。だが、その時は別に教授とは何もなかったはずだと俺は内心首を捻った。

「…あん時は別に何も…」

「へえ?じゃあその後何かあったのかよ?」

 その言い方があまりに嫌味ったらしかったのと、目の前にいるのが杜だったということに、俺の思考回路は幾分通常とは違ってしまったらしい。気付けば「寝た」と口に出していて、そして言ったことに後悔のこの字も俺は感じていなかった。むしろ、杜の目が軽く見開かれたのに、優越感すら覚えていたくらいだ。

「でも、別にそれと蓮とのことは関係ないだろ?」

「…前に言っただろうが。他の男の気配悟られんなって」

「悟られてない。…昨日教授と寝たけど、蓮は気付いてない」

「……お前、マジタチ悪ぃ。本気で胸糞悪ぃぜ」

 お前まで教授みたいなことを言うなと思いながら、俺自身、その教授に随分絆されてるなと内心溜息が出る。

 結局、教授は俺を温泉に連れていってはくれず、あの日の昼には何故か教授の家に連れていかれた。平屋建ての教授の家は明治時代に作られたものらしく、白亜の外壁に瓦屋根というどこか異国を思わせるような家で、「温泉とまではいかねえが似たようなモンがあるからいいだろ」と教授が言っていたとおり、大人2人が優に入れそうな檜風呂があった。
 強制的だったとは言え、なんだかんだ言いながら蓮が帰ってきた火曜の朝まであの家に滞在していたのだから、俺は間違いなく教授に絆されている。

 いや、教授がいなければ、俺の方がダメになっているのかもしれない。

「…言っただろ。俺は、粗悪品なんだよ。当然相良にもなれないし、時田桐のままですらぶっ壊れたオモチャみたいなもんだ」

「……それと、その教授と寝るのと何の関係がある?」

 

『先生は、何で俺を抱くんです?』

『抱きたいから』

『…はあ』

『なんだ、愛してるとでも言ってほしかったのか』

『いえ、全然』

『ムカつく野郎だな』

『そうですか?』

『……欲しいからだ』

『え?』

『俺は、お前が欲しいんだよ、時田』

 

『時田桐っていう人間が、欲しい』

 

 

「――こんな体がいいって言ってくれるんなら、好きなだけ」

 

 

 そう言って笑えば、杜は信じられないものを見るような目で俺を見た。

 その視線が、相変わらずいつもの杜とはかけ離れていて、少し笑えた。

 

 

 


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