10 −side k−


 

 タチが悪すぎる。

 

「人が電話してんのに、何考えてんですか!」

 何とか蓮との電話を終えて、俺は自分の上に乗っかっている人が教授だということも忘れて怒鳴り散らした。

「別に、何も?」

「嘘つ…っっ、ちょ、せんせ」

「んー?」

 本当に、タチが悪い。
 その顔に浮かんでいる笑みも、俺の中で無遠慮に動く長い指も、何もかもが。

「…っ、っア、あ、」

「いー声だな」

「こっっ…の、っ…あっ」

 まるで、人形にでもなった気分だ。
 樋口教授の指一つに踊らされている、人形。
 実際、今この人とこうやっていることも、いつもの俺なら想像すらできない。

 ――絶対に、必要以上に近付きたくない人種のはずだった。まるで感情の読み取れない顔と、悪人にしか見えないような笑みと。

 そして、飢えたような目と。

 その何もかもが、俺と教授の間に一本の線を引いていたはずなのに。

「いー目」

 指が抜かれて、俺の中に目の前の人間の性器がゆっくり入り込んでくるその感覚に、俺は溺れた。

 腰を動かしながら、彼の目は俺を見ている。そして俺も、なくなりそうな意識の残り全てをその顔に向けている。すると、その顔がニヤと笑みを浮かべて、気付けば体がひっくり返っていた。

「…ヒ…っ、ア、アッ、」

 容赦なく後ろから突き入れられて、俺は獣のように腰だけを高く上げながらシーツをぎゅっと握り締めた。繋がっている場所からは絶えず卑猥な音が聞こえてきて、それすら俺の中の何かを掻き立てる。それが最初使われたクリームだろうが、幾度となく放たれた彼の精液だろうが。

「…ほんと、ソソるよ、お前」

 いつもより、数段掠れた低音が耳のすぐそばで響く。

 ――ふと、今どんな顔をしているだろうと思った。

 あの、端整としか言いようのない禁欲的な顔を、歪めていたりするんだろうかと。

「…せ、んせ…っ」

「っ…ああ?」

「顔、見せろ、よ…っ」

 一瞬動きが止まって、後ろで微かに笑っている気配がした。そしてすぐ片足を抱えあげられたかと思えば、繋がったまま体を仰向けにされる。そしてそのまま律動を開始されて、俺は堪らずその腕に縋った。そして、さっきまでとは違う、緩やかな律動にすら翻弄されそうになりながら、なんとか目的を果たすべく俺は目を開けて教授の顔を見た。

「……性、悪…」

 つい、思ったことが口に出る。多分腹の中におさめておく余裕もなかったんだろう。
 すると教授は堪え切れないように笑って、普段からは想像もできないほど情欲にまみれたような目を俺に向けた。

「…ンっっ」

 噛み付かれるように口付けられる。唇を吸い、舌を吸いながら角度を変えて何度もされるそれは、あまりに息苦しくて呼吸すら上手くできない。わずかに唇同士が離れる隙に何とか酸素を取り込もうとすれば、それすら許さないとでも言うように深く口付けられた。

 しばらくして唇を離されたかと思えば、途端激しい律動が始まり、俺は世も末もなく泣き叫んだ。

 

 結局、目を開ける暇もないほど快楽に溺れ、俺は達くときの教授の顔を見ることはできなかった。


 



「……腰、いてぇ…」

 研究室の安物のソファベッドでするには激しすぎるセックスだったらしい。目を覚まして体を起こせば、下半身に――正確には尻と腰に強烈な痛みが走って俺は堪らず突っ伏した。というより、痛みより先に下半身にまるで力が入らない。

「初心者に合わせたつもりなんだな」

 あれでか!?と突っ込みたいのは山々だが、何分怒鳴る気力も残っていない。隣で優雅に煙草をふかしている男を心の中で罵倒しながら、俺はどうにかこうにか上半身を起こした。窓を見れば明らかに夜が明けていて、どうやらここで一晩明かしてしまったらしいとゲンナリする。

 そして、自然と目に入ってきた部屋の惨状に本気で涙が出そうになった。

「……1日で片付くか、コレ……」

「別に1日で済ませなくていい」

「なら、いいんですけどね…」

 でも、どうせ片付けるのは俺だろうと内心呟きながら、俺はその辺に脱ぎ散らかしてあった服に手を伸ばした。

「なあ時田」

「はい?」

 返事を返しながら、何より大事な俺のトランクスがないことに気がつく。値段的にはシャツやジーンズの方がもちろん上だが、それを着るためにはまず下着を履かなくてはならない。

「初めてか?」

 教授に言われた台詞に、俺は下着を求めてキョロキョロ周りを見渡していた視線を教授で止めた。

「ハ?」

「男とヤんの」

「…………はあ」

 何を当たり前なことをと思いながら、俺は気の抜けたような声でそう言った。すると教授は一瞬だけ唖然としたような表情をしたかと思うと、クククといつもよりは幾分か激しく笑った。それでも通常人の笑いの4分の1程度だが。

「お前、詐欺だな」

「……は?」

「性悪ってのはお前みたいな奴のことを言うんだぜ」

「ハ!?」

 さっきから「は」しか言っていないと思いながら、俺は失礼すぎることを言いくさった男をギンと睨みつけた。

 だが、睨み付けた先にあった顔が、最中にしていた凶悪的に色気のある顔そのもので、気付けばまた安物のソファに押し倒されていた。

 

 押し倒される寸前、シーツの下から俺の下着が覗いているのが見えたが、その時にはもうどうでもよかった。

 


 


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