王子様の恋人B





ユー・アー・マイ・プライオリティ 


 

 …ハ○ー・ポッター?

 と、そんなマヌケな独り言を内心呟いてしまうぐらい、本気で冗談としか思えない学校だった。

「ここが学園で一番広い大広間だよ、ハニー。終業式のような大きな行事はここでするんだ」

 俺の肩に手を回しながら身振り手振りで学校を案内してくれている氷依は、そう言ってにこにこと笑みを浮かべて俺を見る。それは俺に何か反応してほしいと期待する笑みに違いなくて、俺はとりあえず「そ、そうか」とどもりながら氷依から視線を外した。
 外した先に見えた大広間とやらは、俺の高校の体育館ぐらいの広さは優にある。が、その床にはやたらと高そうな赤地の絨毯が敷き詰められており、天井を見上げてみれば、そこにはとりあえずバカ高いんだろうなとしか俺には表現できないシャンデリア。
 ああ、ここもどっかで見たことがあるなあと、半ば現実逃避する気分で記憶を辿った先にあったのが某有名少年魔法使い映画というわけだった。

「…ここも何かをモデルにしてんのか?」

 なので、思わずそんな独り言がぽつりと口から出る。だが、今日は隣にいる男のせいで独り言が独り言にならないことを俺はすっかり忘れていた。

「ハニーーーー!!」

「どわっ!?」

「やはり僕の目に狂いはなかったよ…なんて聡明なんだ、僕のハニーは」

「は?な、なんだ?」

「ハニーの言うとおり、ここはウィーンのシェーンブルン宮殿がモデルなんだよ。というより、塔以外の学園内部のほとんどがその宮殿をモデルに作られているんだ」

 うっとりという表現がぴたりと嵌る視線を俺に向けながら、氷依はどこか夢見心地な様子で語り出した。そして気のせいでもなんでもなく、肩に回されていただけの腕が確実にエルボー態勢に入っている。本人が後ろから抱きしめているつもりだろうが何だろうが、俺はこの態勢がエルボー以外だとは断固として認めない。

「さ、ハニー。これから僕の私室に案内するよ。理事会の皆が部屋の前で待っているそうだからね」

「…は?理事会?」

「そうだよ。ああ…言い忘れていたね。僕はこの学園の理事なんだ。さっき会った園井君が副理事。他に事務局長、会計、渉外の3人がいて、この5人で理事会を構成しているんだ。他の3人も僕と同じアレスなんだよ」

 …俺の理解では、確か理事会っていうのは頭のハゲ上がりそうな親父たちの集まりだったはずだ。学校の運営を司るって言えば聞こえはいいが、何と言うか、結局は学校の金の問題を扱うお偉方というイメージしかない。なので、必然的に理事会を構成する人間はそこそこ年寄りだと思っていたんだが。

「ふふ、ハニーの考えていることはお見通しだよ。どうして僕らのような学生が理事なのか考えているんだろう?」

「…まあ、そうだ」

「素直なハニーで僕はとても嬉しいよ。やはり恋人との間には嘘はもちろん、どんな小さな秘密だってあってほしくないからね。僕はハニーとは身も心も溶け合っているような、世界一愛し合っている恋人になりたいと思っているんだ」

「…………」

 いつの間にか話がわけのわからない恋愛論にすり替わっている。そしてあまりにわけがわからなすぎて、俺はやはり口を開けて固まるしかなかった。これはあれだ。とりあえず何か言わないとと思って口を開いてみたものの、一体何をどうすればいいのか分からずにそのままの状態で止まってしまうってやつだ。

「…ハニー、そんな誘うような口をして…もしかしてキスを強請っているのかい?」

 が、そこに聞こえてきた不可解としか言いようのない台詞に、俺はここ一番の速さで両手で口を覆った。

「ふふ、照れ屋さんだね。じゃあ、キスは後に取っておいてまずは僕の私室に行こうか?そこへ行けばハニーの疑問にも答えてあげられるしね」

 キスは後に取っておいてというのが気になったが、部屋に行くという提案に俺は首をぶんぶん縦に振った。とりあえず目下の危険から逃れられるなら何でもよかったとも言うが。

「じゃあ行こう。私室は南塔の最上階にあるんだ」

 

 

 何とも、きらびやかな面子だというのが、園井少年と他の3人を見た第一印象だった。

「ハニー、紹介するよ。左の彼が事務局長の有馬(ありま)君、中央が会計の真中(まなか)君、そして右が渉外の綾小路(あやのこうじ)君だ」

「はじめまして、理久さま。ようこそわが学園にいらっしゃいました。有馬公博(きみひろ)と申します」

「はあ」

「真中龍一郎(りゅういちろう)と申します。園井君に理久さまの話を伺ってから、ずっとお会いしたいと思っておりました」

「…はあ」

「ようこそ、光来学園へ。綾小路衛(まもる)と申します。どうぞこれからよろしくお願い申し上げます」

「……はあ」

 我ながら阿呆そうな返答だが、これ以外に何を言ったらいいのか分かるはずもなく。何故か今が初対面だというのに物凄く尊敬の眼差しで見られているような気がして、俺は無意識に視線を下に向けた。あんなキラキラした目で見られるのは隣の変態だけで一杯一杯だ。

「理久さま?どうかされましたか?」

 と、そこに園井少年の心配げな声が聞こえる。あんな小さな子に心配されるようじゃお終いだと、顔を上げて彼に大丈夫だと笑いかけようとした、その瞬間。

「僕のハニーは照れ屋なんだ。さっきも大広間で僕がハニーにキ…」

「わーーーーーーーー!!!」

 その瞬間、氷依の口から飛び出してきたとんでもない台詞に、俺は大声を出しながら氷依の口をガバリと手で塞いだ。あと一文字遅ければ俺は絶対にこの場で首を吊っていたに違いない。

「なっ、理久さま!椋露路さまになんてことをなさるんですか!」

 へ?と氷依の口を手で塞いだまま声がした方を振り向くと、そこには憤懣やるかたないといった様子の、確か有馬という名の生徒がいた。男にも関わらず美人という単語が本気で嵌るような顔をしている少年だった。

「いくら椋露路さまの伴侶とは言え、そのようなことは許されません!」

「す、すんません」

 美人が怒ると怖いというが、それはどうも本当らしい。そのあまりのド迫力に俺は思わず氷依の口に当てていた手を外し、ぺこりと頭まで下げてしまった。…後で思えば、自分より年下の、しかも体つきも二周りは小さい少年に対してなんとも情けない醜態を晒したものだが。
 だが俺が頭を下げると、ハッと我に返ったかのように有馬少年は顔を青褪めさせ、「乱暴な物言いをして申し訳ありません!」とこっちが恐縮してしまうぐらいの勢いで謝ってきた。今にも下げた頭が膝につきそうなぐらい腰を折っているので、俺は慌てて「うわ、頭上げろって!マジで!」と言って彼の肩を掴んで体を起こさせた。

「…本当に申し訳ありません。私はなんてことを理久さまに…。誠に申し訳ありません、椋露路様」

 が、それでも彼は謝るのをやめようとしない。これは一応彼の上司らしい氷依にやめさせるよう頼むしかないだろうと隣を振り向くと、そこにあった顔に俺は瞬時に顔を前に戻した。

 …殺人鬼というのは、ああいう顔をしてるのかもしれない…。

 無表情の中に得も言われぬ殺気を込めている顔というのを俺は初めて見たが、はっきり言って幽霊より怖い。もっと言えば化け物より怖い。幽霊も化け物も見たことがないだけに恐怖心をさらに煽るものだが、見たことがない存在より100倍も怖い。それに、多分有馬少年が顔を青褪めさせたのは氷依のあの顔が原因だろう。多分というか絶対そうだ。
 ――が、しかしだ。
 とすれば、このまま氷依を放っておけば、有馬少年は下手したら永遠に謝り続けかねない。ちらと少し期待の目線で残りの3人に目をやってみるが、3人が3人とも同じように顔を青くして俯いているだけだった。
 …くそうと心の中で悪態を吐く。
 変態の被害者になっただけでも気絶しそうだというのに、どうして変態の尻拭いまで俺がしなきゃならない状況になっているんだろうか。できるならこのまま本気で気を失いたいぐらいだ。
 だが、このままではどうしようもないというのが現実だということも分かっている。…仕方ないと、俺は心の中で盛大なため息を一つついて、手をぷるぷるさせながら口を開いた。


「…氷依、お、俺をお前の部屋につ、つれ、連れてってくれる約束だろ」


「…………ハニー」

「…………理久さま」

 …今なら羞恥で死ねる。というか、死んでしまいたい。

 ――が。

「なんて最高なんだっっっ、僕のハニー!!!」

「なんてお優しいんでしょうっっ、理久さま!!!」

 俺が羞恥で死ねると思った台詞は、変態と有馬少年にはどうやら感動を誘うものだったらしい。ということは、やはり有馬少年も氷依や園井少年のお仲間なんだろうか。…そうなんだろう、俺を前よりさらにキラキラさせた目で見ているあたり。そして、多分残りの2人もそうだろう。氷依以外の4人は4人とも似たような表情をしているのだから。
 もちろんこれは氷依が例外というわけではなくて、氷依が残りの4人とはレベルが違いすぎているというだけだ。奴はキラキラを通り越して、もはやギラギラしている。

「ああ…僕は世界一、いや宇宙一の幸せものだよ。さあハニー、約束どおり君を僕の私室に案内するよ」

「………ああ」

「そうだ君たち。ハニーのお披露目はこれでお終いにしよう。あと、有馬君。ハニーは僕の大事な大事な恋人だ。それだけは分かってくれたまえね」

「はい!先ほどは本当に申し訳ございませんでした。理久さま、貴方様のお優しい処遇に心から感謝致します」

「……気にしないでくれ」

「じゃあ皆、また来週。来週は学園祭の進行案を決めよう」

 氷依がそう言うと、4人が4人とも「はい。ではお先に失礼いたします」と声を揃え、そして皆が皆ふかぶかと礼をして帰って行った。とは言っても別に階段を降りていったわけではなく、ロビーの奥にあるエレベータに乗っていったのだが。何でも理事会専用のエレベータだそうだ。
 ちなみに今いるのは南塔の最上階ロビーとやららしい。理事会専用の寛ぎスペースだそうで、ロココだかモコモコだか知らんが、ここも大層なインテリアで一杯だった。

「じゃあ部屋へ行こうか、ハニー」

 そっと背中に回された腕に、思わずびくりと体が震える。恐る恐る右斜め上にある氷依の顔を見上げると、その顔は今度は違う意味で恐怖だった。

 王子様+ギラギラした目+ハンターの表情。


 それすなわち。

「…僕の私室は、都内の一流ホテルのスイートと同等の設備が備わっているからね…」

 途端、ガシ、と掴まれた腰。
 その強引さに負けないぐらいの優雅さで顔に添えられた手。

 

 氷依の私室までの目測約20メートルが、死の13階段にも勝る恐怖となった瞬間だった。

 

  

 

                                                   End.



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