小銃と腕時計、MDそれからパソコン開いた?
さあ、ゲームの始まりです



 

「樹に謝れよ!」

 そんな怒鳴り声が聞こえたのは、何と無く妙な予感がして、円(エン)が校舎裏に行こうとしていたところだった。その声に、何だ、喧嘩かと踵を返そうとするも、聞こえた名前に「オヤ」と思い足を止める。聞き間違いでなければ、樹(イツキ)という名前が叫ばれていたように思えたが、どうか違いますようにと円は再度耳をそばだてた。

「おい!聞こえてんのか!?」

「…聞こえてる。で、藤枝ってのは誰だ」

 …ああ、やはり藤枝(フジエダ)のことだったかと円はゲンナリする。円の友人である藤枝樹は、その男にあるまじき容姿と性格の愛らしさで、女子禁制のこの高校で取り巻きなんてものがいる男だ。なので、この高校で藤枝のことを知らない生徒はほとんどいない。
 だが、どうやら取り巻きに怒鳴られている相手は藤枝のことを知らないらしい。まあそういう奴も中にはいるだろうなと円は今度こそその場を去ろうとした――が、そこに聞こえてきたさらなる怒鳴り声に、さしもの円もピタリと動きを止めた。

「お、お前…っ、今日の昼休みに樹はお前に告ってただろうが!」

「そうだ!しかもお前樹が泣くほどヒデェこと言って振りやがって!」

「――ああ。あの背の小さい人間か」

「な、」

 口の「な」の形にしたまま固まった取り巻きの一人は見ているだけで不憫だ。そこには怒鳴り散らしていた人間のほかにも数人藤枝の取り巻きがいたが、皆が皆似たような顔をしている。振り払うのは自分の火の粉だけという情けない信条を持つ円ではあるが、さすがに友人が泣かされたとあっては黙っていられない。
 それに、と円は思う。
 あの男は、好むことのできぬ要素しか持っていない。遠目にも分かる抜き身の剣のような鋭さを纏う、あんな目と髪の持ち主。
 ――あれは、円にとって、鬼門だ。

「なあ」

「なんだ!?…って小早川じゃねえか。何だよ」

「あー…」

「お前だって頭に来てんだろ?!お前も樹のダチなんだから」

 それは確かにそうだが、少し口を挟ませてはくれまいかと円は思う。しかし、円以上に頭に血が上っている彼らに何か言ってもどうにもならないだろうことは予想がついた。

「ほら、お前も言えよ!」

 …まるで小学生の喧嘩のようだと思うが、折角もらった機会だ。ありがたく利用させてもらおうと、円は静かに口を開いた。

「あのさ、こいつに何言ってもムダだぜ」

 どちらかと言えば取り巻きの方に言い聞かせるように、円は彼らの方を向く。

「こいつ、喜怒哀楽がねえの。つーか、人なんてどうでもいいの」

「…なに言ってんだお前?」

「あーーー、うん。つまりは、こいつに謝れって言ったって、こいつは絶対謝らないってこと」

「はあ!?お前さあ、藤枝のダチだろ!?頭こねえのかよ?!」

「来るよ。来るからここ来たんだろ。でも、こいつに何言ってもムダ」

 そう取り巻きの一人に言ってから、円は初めて当の男に顔を向けた。
 男はまさしく美しい人間だった。ここにいる誰より高い身長と年に似合わぬ酷薄な双眸には一切の甘さがない。――だが。

「…それじゃ、『鎮める』ことはできないね」

 ニ、と小さく笑いながら円が言った台詞は、初めて男の感情を波立たせたようだった。
 何も灯っていなかった男の胸に、小さく赤が灯ったのが視える。

「じゃーな」

「――待て」

「嫌だね」

「待てと言ってるだろう」

 いつの間に近くに来ていたのか、ぐいと左腕を掴まれる。ついさっきまで円と男の間には十歩ほどの距離があったのだ。取り巻きに分からないよう力を使ったに決まっている。

「お前、小早川と言ったな」

「…そーだけど」

 チ、名前を呼ばれていたのを忘れていたと円は内心舌打ちする。能力はあるのにどこか抜けているのだと家族に言われ続けていることを当の円は知らない。

「巫師だな、お前」

「…そーゆーお前は神官だろ。ここまであからさまに目と髪の色が目立つ奴初めて見たぜ」

 振り仰いでみれば、そこには青みがかった黒髪と群青色の双眸。上手く隠してはいるようだが、円はその血筋のせいで神官の正体は一目で分かる。

「…フン。男ってことは出来損ないだろう。巫師で出来がいい奴がいたってのは聞いたことがない」

「………」


 ――それは、小早川に生まれ落ちた男であれば、甘受せねばならない言葉だった。そのことを、男に言われるまでもなく、円自身が誰より知っていた。

 だが、たとえ知っていてもそれを甘んじて受けるような育ち方を円はされなかった。一言で言えば、外面より本音で生きるタイプとでも言うべきか。
 そんな円なので、つい、口を滑らせた。
 いや、その時は滑らせたというか自分で直滑降させたのだが、後で思えば、それは滑らせた以外の何物でもなかったのだ。

「……出来損ないはお前だろうが」

「…何?」

 ピクリと、男のこめかみが引き攣ったのが見て取れた。

「神官は、『鎮める』のが仕事だろ。それができなきゃ神官にはなれない…どんなに、『鎮める』ための力を持っててもだ。お前の中には、白しか灯ってない。『鎮める』ためには白だけじゃない、赤も青も、それこそお前の身体を覆うぐらいの大きさの火を灯さなきゃならない」

「…どういう意味だ」

「お前は、情を持たない。他人に興味がないからな。だから、お前は何時まで経っても白以外の色を灯せない。白を灯すのは、確かに神官でなきゃ無理だ。でもな、青や赤を灯せなきゃ、お前の白は意味がない」

 

「お前は、神官にはなれない」

 

 ――瞬間、ヒュッと円の脇を風が通り過ぎた。途端微かな痛みが首筋に走り、手をやると血がついている。

「てっめぇ…カマイタチ起こすなんて卑怯だろ!!」

「自業自得だろう。人の神経逆撫でするようなことばかり言うからだ」

「へえへえそうだろうよ!……くっそ、やっぱり。お前赤灯ってんじゃん」

 さっきまでは無かった色が、男の胸にポツンと灯っている。白と赤が並ぶ様は確かに綺麗かもしれないと円は男の胸をじいっと見つめた。

「…おい、お前がさっきから言っている赤だの白だのは何だ」

「あーー、視えるんだよ、俺。他人の喜怒哀楽の灯が」

「…どういうことだ」

「…人の中には薄紅、真紅、群青、橙の四色が灯ってる。怒ってるときは赤、悲しんでるときは青って具合に、その色はそいつの感情を表してんだよ。感情ってのは、自分以外の何かにもらったり伝えたりするもんだろ?だから、大抵の奴はいつも四色ちっちゃく灯ってて、どっかの感情が膨れあがると、その色の火だけがでかく灯るんだ」

「…白は」

「白は、神官しか持ってない。白の火は神に伝えたり受け取ったりするためのもんだから。…ま、俺が知ってる限りのことだからホントのところはわかんねえけどな」

「じゃあ俺にはないってのは」

 矢継ぎ早に質問を繰り返されて、さすがに円もゲンナリしてくる。だが、目の前で睨みつけるように見下ろされ、円はハアアと大きく溜息をついてからもう一度口を開いた。

「…お前は、白以外何も灯ってなかった。普通の奴は眠ってても全部の火が小さく灯ってる。でも、お前にはその小さな灯すらなかった」

「……それと神官になれないっていうのはどういう関係がある」

「――白い灯は、神官の必要条件だ。でも十分条件じゃない。白は、他の四色がなければ意味がない。つまり、四色が白に伴わなければ、神を鎮めることはできない」

 そこまで言って男を見上げると、今度は男から質問は飛んでこない。
 やっと終わった、そう思ったところで、円は急いでぐるりとあたりを見渡す。こんな講釈を垂れているところなど、誰にも見られたくは無い。だが、辺りには誰もおらず、どうやら取り巻きは何時の間にかどこかに行ってしまったらしい。そのことにほっと息を吐き、円は「それじゃ」と言って今度こそその場を去ろうとした――のだが。

「待て」

「……あのなあ、もう話すよーなことは何も…」

「お前、俺と一緒にいろ」

「――――ハ?」

「我ながらいい案だ。よし行くぞ」

「……何言ってんだ?」

「さっきまで無かった赤の灯とやらがお前のせいで灯ったんだろう。だったら、他の三色もお前がいれば灯るだろうが」

 ぴくりとも表情を動かさずに放った台詞は、さっきまでの円の説明は一体何だったんだと思わずにはいられないほど的を外している。そして、そのことに気づくどころか、むしろその誤った方法に自信満々なところが恐ろしい。
 ぐいぐいと腕を引っ張られ、「え?」とか「は?」とか心の中で呟きつつ円は歩き出す。

 

 小早川円、17歳。
 実は、由緒正しき巫師一族の第29代目当主である。
 そして円の腕を引っ張っている男が、由緒正しき神官一族の第29代目当主であることを、円はまだ知らない。

 



My Heart in Rhythm.
 

 

 

                                        End. 


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