ヒュン、と音もなく男の胸に撃ち込まれた弾丸は、蜂谷が引き金を引いてからおおよそ数秒で男の命を終わらせた。
 地面に仰向けに倒れた男の瞳孔が完全に開いたのを確認して、蜂谷は持っていた拳銃を無造作にポケットに仕舞う。地面には既に事切れた人間の死体がおよそ10体。だが、10人の人間を殺すのに蜂谷に要した時間はおよそ10秒にも満たなかった。

「さすがですね」

 聞こえてきた声に、蜂谷は全く驚くことなく視線だけを上に上げる。一人目に銃弾を撃ち込んだ時から感じていた気配はこいつだったかと、蜂谷が思ったのはそれだけだった。

「たかが10人殺すのに貴方雇うなんて、どんな馬鹿なんです?」

 トン、と男が身を隠していた廃屋のベランダから降り、そして死体を目の前にしてもニコニコと笑みを絶やさずに平気でそんなことを口にする。
 人を殺すことなど造作ない。そして、それに罪の意識を持つこともない。
 だがそれでも、他人の命を消すたび、そしてそれに長けていくたびに、蜂谷はできる限り「殺し」の依頼は受けるまいと思う。その証拠に、年々殺しの依頼を受けることは少なくなり、今では年に一度あるかないかだ。

「貴方なら、100人相手でも1分かからないでしょうね」

「……用件は」

 殺しの後は、いつも以上に蜂谷の中の人の部分がナリを潜める。まだ10代の頃にしていたことのせいで、蜂谷の名前だけはその世界に否応なしに広まってしまい、ほとんど話をしたこともない目の前の男にすらどこか尊敬の眼差しで見られる今の己が、蜂谷は酷く忌々しかった。

「いつもと一緒です。咲さんのところに来てもらえませんか」

「嫌です」

「本当に取り付く島もないですね。ああ、一応言うんですが、前言っていた金額の倍は出すそうですよ」

「…貴方のとこに行くつもりはない、ってあの人に言ってもらえますかねえ」

 毎度毎度よくも飽きないものだと蜂谷は半ば感心する。
 年に数度、こうやって蜂谷のもとに使いをよこしては断られているというのに、咲という人間は蜂谷を諦めるそぶりすら見せない。逆にその頻度は増しているようにさえ思えて、数年前、彼の依頼を受けたことを蜂谷は本気で後悔した。

「それ言ったら俺が殺されますし。んー、じゃあこれでどうでしょう」

 そう男が言った途端、薄々感じていた数人の気配が一斉に動いた。



 だが。



「…………引き金を引く暇すらないんですか、貴方相手だと」

 次々にドサドサと人が地面に落ちる音がする。
 潜んでいた人数は4人だったが、その内3人は蜂谷の放った銃弾をその胸や頭に受けて死に、最後の一人は細いナイフが首に突き刺さっていた。
 男は、仲間が殺されるだろうことを知りながら仲間に合図を送った。
 己の間近で、鬼神とまでたとえられた男の、人を殺す様を思う存分見るためだけに。

「…本気で、貴方の下で動いてみたいですよ、蜂谷さん」

 本心から、そんな言葉が口をつく。
 だが、当の蜂谷はそう言った男に何の感情も篭らない視線をよこすだけで、それは顔の造作の綺麗さと相俟って恐ろしく美しかった。

「それじゃ」

 そんな男を完璧に無視して、蜂谷はその場から立ち去るべく男がいる方とは逆に歩を進める。
 だが、そこに聞こえてきた台詞に、蜂谷は足は止まらないでも大きく目を見開いた。

「昨日、羽川直知君に会ってきましたよ」

 クスクスと男が小さく笑う声が聞こえる。

「咲さん、あのコの存在を知ってそりゃもうご立腹でしたけど、なかなかおもしろそうなコでした」

 ――このまま後ろを振り向いて、余計なことを喋り続ける男の首にナイフを投げつけてやることは酷く容易い。
 だが、あの男が咲という男の側近である以上、男を殺せばさらに己への執着を強めることを知っていた蜂谷はそうすることをせず、足早にその場を去った。

 



「…二日続けて振られちゃったなあ」

 蜂谷がいなくなった場所で、笑みを消した男はそう独り言ちる。その顔には、ついさっきまでの穏やかそうな雰囲気など微塵もなく、無言で蜂谷に殺された仲間の死体のもとに歩を進めた。そして、首に刺さっているナイフを静かに抜く。頚動脈の中心を確実に突いたナイフは、仲間の息の根を完全に止めてしまっていた。
 だが、男が用があるのは仲間の死体では決してない。

「……また、咲さんのコレクションが一つ増えた」

 ク、と笑みを浮かべながら、蜂谷が放ったナイフから血を拭き取り、ポケットから取り出した白い布で丁寧に包む。
 男から見ても、咲の蜂谷への執着は半端ではなく、ここまで来るとさすがに笑わずにはいられない。
 だが、それでも己のボスには変わりはないと、布に包んだナイフを胸元に仕舞った。そして、携帯を取り出し、ダイヤルを押す。何時殺されるか分からない男の携帯には誰の番号も登録されてはいない。

「…俺だ。死体の処理を頼む」

 それだけ言って男は電話を切る。
 多分あと5分もせずにここにやって来るだろう男たちと顔を合わせるのを避けるべく、男はその場から立ち去った。

 

 




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