第二部






  

 僕と彼は似ている。
 そう、陽は思っていた。己の求めるもののためなら何だってしてしまえるだろうところが、あまりに似通っていると。
 だからこそ、陽は夏に魅入られたのだ。その本質が利己愛に満ちている陽が、外界で初めて欲したものが、まるでその外側も内側も奇跡のように綺麗な夏の中にはあった。
 夏のすべてが欲しくて、いつしか夏は己の所有物であるかのようにさえ思えてきて。
 そして、夏という人間に入り込みすぎたおかげで、陽は知ったのだ。夏の、ただひとつの弱みを。
 日高よりもっと、夏を弱くさせるものを。

『日高と一緒に行ったら、僕は死ぬよ』

 夏の母は、夏を生んですぐに死んだ。
 妻を失った父親の悲しみを、夏は生まれながらに背負わなければならなかった。だから、自分のせいで誰かが死ぬことだけは、夏には耐えられなかったのだ。

『…日高とは行きません』

 そう、夏は言った。
 ――勝ったと思った。
 あははと心の中で高笑いをあげながら、陽は思ったのだ。
 あの、忌々しい弟に、己はようやく勝ったのだと。

  

「夏…イく、イっちゃう…っ」

「……いいですよ、イって」

「ん、あ、アァァッ!!」

 くいと、陽の中で指を広げると、陽は高い声を上げて達した。
 肌に触るのが好きだからと陽に言われ、衣服を脱いでいた夏の腹に陽の精液がかかる。その生ぬるい液体の感触に相変わらず吐き気を覚え、そして、同時にこの吐き気に慣れている自分を夏は嘲った。
 夏の肩にもたれ、陽は荒く息を吐いている。今、己がしている顔を見たら、またこの人は死ぬと騒ぎ出すのだろうかと夏は心の中で呟いた。
 しばらくすると、陽の手がするりと夏の下着の中に入り込んできた。意識的に動かしているだろう陽の手がどれほど巧みでも、夏の性器はけして反応することはない。そのことを知らないはずはないのに、陽は自分が達した後、必ず夏の性器に触れた。

 もう、夏の性器が使い物にならなくなって3年と10ヶ月が経つ。どうしてこうも正確に覚えているのかと問われれば、それに答えるのは夏にとって至極簡単なことだ。
 夏が愛したただ一人の人間を、殺したあの日。
 身体は殺さずとも、その精神をバラバラに壊してしまった、あの夕刻。
 陽に言われて裸になったとき、時計の針は夕方の4時を指していたと思う。そして、同じように裸になった陽と共にベッドに入り、請われるままに陽に何度も口付けていた。口付けている間、陽の手は絶えず夏の性器を弄っていたが、どれほど時間が経っても夏の性器は反応してはくれず、陽は小さくため息をついて「手でやって」と夏に命じた。
 そして、陽が夏の指で達してから、多分5分もなかった。

「――兄さん、日高です」

 一気に、全身が冷えた。
 それまでずっと冷えていた頭の中と呼応するかのように、夏の全身は一気に血の色を失くしていった。そして、そんな夏を見て陽は小さく微笑み、「一言も口を利かないで」と言った。
 ドアを開けて入ってきた日高の顔を、夏はとうとう見ることができなかった。

「二度と、アンタたちには会いにこねえよ」

 そう言われて、夏は耐え切れずに日高を見た。そして、確かに思ったのだ。
 肌は蒼ざめ、目に色もなく、なのに、一筋流れた透明な涙の筋に。
 ああ、自分は。
 このやさしい幼馴染を、殺してしまったのだと。

 

「…キスして」

 夏の性器を弄るのを諦めたらしい陽が、いつの間にかじっと夏の顔を見上げていた。こんな時、どうすればこの人間の機嫌を取ることができるか夏は否応なしに理解している。

「…ン…」

 やさしく背を抱き、やさしく髪を梳きながら、やさしく口付けてやればいい。
 目を閉じ、どこか恍惚とした表情を浮かべる陽の顔の向こうにある窓を見つめながら、夏はまるで自分が機械仕掛けのロボットのように思えた。
 こうも真っ直ぐ己を好いている人間と4年近く共にいながら、夏はけして陽に同じ気持ちを返すことができなかった。
 日高を失ったことに耐えられはしなくても、慣れることはでき始めた頃、どうにかして陽を好きになることはできないかと考えたこともある。日高のことを除けば、陽はただひたすらがむしゃらに己を好いてくれる人間でしかなくて、己がいなければ死ぬと言って陽は幾度も泣いたから。
 ――でも、どうしても、できなかった。
 こうして頭の中で色々なことを考えながら口付けることができるぐらいしか、夏は陽にしてやることができなかったのだ。

「…ね、夏…もう1回、して」

「…いいですよ」

「フフ…ん、ア、夏、…っ…」

 

 眠った陽に毛布をかけてやり、夏はその隣に仰向けに横になる。
 ここずっと卒論のせいで徹夜続きで、目を閉じればすぐに眠気はやってきた。 

 眠りに入ると、声が、聞こえた。
 その声は、相変わらず柔らかな笑みで自分を迎えてくれて、その笑みを見るためだけに眠るようなものだと夏は思う。


『ナツ』


 枷を背負った己の生で、この刹那だけが、己のすべて。

 

  




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