ソファーに腰掛けて窓の外を見ていると、キイとドアの開く音が聞こえた。そしてペタ、ペタ、と誰かが裸足で床を歩いているんだろう足音がして、その足音は居間の入り口で止まった。

「・・・起きてたの?」

「おう」

 後ろを振り向かずにそう返事を返す。すると、足音はナギの方に近付いてきたかと思うとその脇を通り過ぎ、足音をさせていた人間はナギの向かい側のソファに静かに腰を降ろした。自分の目の前に座ったカイトに視線をやることなく、ナギはずっと窓の外を見ていたが、カイトがどこか驚いたように口を開いたのをきっかけにカイトの方に体を向けた。

「・・・昨日はわかんなかったけど、君、実はすごい・・白いね」

「何が?」

「肌。それに、髪の色も薄いし、目の色も・・・」

 だから何だと言うんだと言いたかったが、ナギは何も言わなかった。別に自分の肌が白いのも、髪の色が薄いのも、目が灰色をしていることもナギにとって忌むものでしかない。そんなことを自分の口から繰り返し言いたくなかった。
 だから、まるでどこか信じられないものを見るような視線を向ける男が何を思っているのかなど、ナギに分かるはずもなかった。

「染めてるの?」

「・・・・は?」

「髪。それに、目、それカラーコンタクト?」

 ナギは、こいつは頭がおかしいんじゃないかと思った。変人と名高いナギがそう思うのだから間違いない。

「・・・なんでそんなめんどーなことすんだよ。全部天然だ」

「嘘」

「・・・ワケわかんね・・・つーかここ日当たり良すぎんじゃねーのか?」

 太陽の光は大抵のものをより白く見せるものだ。

「答えなってば!」

「へ?何に?」

「その髪の色と目の色、天然って嘘でしょ?」

「・・・なんでそんな切羽つまった声出してんのかわかんねーけど、嘘じゃねーよ。4分の1だけ日本人じゃねーからな」

 そう答えるとカイトは愕然としたような表情になり、ナギは内心ほんとに何なんだこいつ?と思った。 どうしてナギがクオーターだとカイトがそんなにもショックを受ける必要があるのか、それすら分からない。まあ昨日からあまり好意的な態度はとられてねーしな、と思ったナギは、そろそろ帰るかとソファから立ち上がった。
 ―――と。

「ねえ、僕と日下くんの関係、知りたいと思わないの?」

 まるでさっきまでの表情が嘘だったかのような声色でそう聞いてくるカイトが、ナギにはまるで宇宙外生命体のように思えた。

「・・・昨日、聞いたんでしょう?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「けっこう激しかったしね、昨日。まあ彼はいつもそうだけど」

 クスクスと小さく笑いながら、カイトは立っているナギに視線を向けた。その視線はさっきのように余裕のないものでなく、むしろナギを見上げながら見下しているような、そんな視線だった。

「わざわざ部屋から出てここにいるってことは、もしかして部屋覗いたりした?」

 ―――途端、ドン、という鈍い音が部屋に響く。 

「・・・・・・いー加減にしろよ」

 カイトの座っていたソファの端を思い切り蹴り上げて、ナギは自分に出せる一番低い声でそう言った。ともすればこのまま吐けるんじゃないかと思えるほどの吐き気がナギを襲っていて、それをひた隠しにしてナギはカイトを睨みつけるように見下ろす。今自分がどんな顔をしているのか当然ナギには分からないが、今まで一度もしたことがない顔をしているということだけは分かっていた。
 これまで、誰に対しても、こんなドロドロした感情を持ったことなどなかったのだから。


 しばらくしてからナギは視線をカイトから外し、そのまま一度も後ろを振り向かずにスイの家を出た。


 これ以上、あの家にも、あの男の傍にもいたくなかった。

  

 

 今が何時なのかは分からないが、とりあえず一般の家庭はまだ寝静まっていてもおかしくない時間らしい。スイの家からナギの家に帰るには電車を乗り継がねばならず、まだ電車の走っていないこの時間だとタクシーを捕まえるほかなかった。
 とりあえず大通りに出てタクシーを拾おうと早足で歩いていると、突然ナギの行く手を塞ぐようにして一台の車が止まった。

「んぎゃっ!!」

 蛙がつぶされたような声を上げて、ナギはなんとか後ろにひっくり返りそうになった体を持ち直した。運痴のナギにしては奇跡的なことではあるが、通常人の運動能力があればバランスを崩すことにはならなかったにちがいない。
 ばくばく言っている心臓を落ち着かせようと両手を膝についていると、車から一人の男が降りてきた。

「・・・大丈夫ですか?」

 ナギより少し高いくらいの身長。そして目深に被っている帽子。素顔は見ていないが絶対に間違いない。

「こないだ校門にいたおにーさんじゃん」

「・・・・・・・・・・見えたんですか。驚異的な視力ですね。」

「や、勘。顔は見えなかったし」

「なるほど。では家までお送りしましょうか?」

 どうして「では」なのかがよく分からなかったが、とにかく助かったと思ったナギはありがたくその親切を受け取ることにした。
 どう見ても自分を誘拐するようにも売り飛ばすようにも見えなかったから、というのがナギなりの理由だったが、ここにスイがいれば間違いなく溜息の一つや二つはついているに違いなかった。

「つーか、誰ー?」

 車に乗ってから、そういえば、と思ったナギは単刀直入にそう聞いた。

「越智と申します。探偵をやっています」

「探偵!?あのホームズとかポアロとマープルとか!?」

「はい。あ、最後の方は違いますよ」

「すげーなあ、で、高校には何しにきてたんだ?誰かの調べにでも来てたのか?」

「貴方です」

「・・・・・・・・・は?」

「依頼人はもちろん言えませんが、貴方のことを調査中でした。なかなか興味深い人ですね、貴方は」

 そう言ってニコリともしない運転席にいる男を、さしものナギもポカンと見るしかできなかった。

「な、なんで俺?」

「守秘義務がありますので言えません」

「・・・・調べてるって俺に言うのはいいわけ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 どうやら本当は駄目らしい。途端沈黙した探偵にナギはつい噴出してしまった。すると探偵はそんなナギに少しだけ視線をよこしたが、すぐ前に戻してしまった。運転するのだから当然といえば当然なのだが、ナギに向けてきた顔が前より穏やかな顔に見えたことがナギは少し嬉しかった。

 

 やっと、ゆっくり呼吸ができた気がした。

 

  



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