スイの家は学校から歩いて30分もかからない場所にあった。高級マンションと言っていいだろうスイの家は、確かに一人暮らしらしいシンプルな部屋だった。誰かの家を訪ねるということをしたことのないナギは、つい部屋の中をキョロキョロ見渡してしまう。そんなナギをどこか呆れたように見つめながら、スイはナギにバサリと服を投げた。

「なにこれ」

「近くに美味い店あるし、そこに食べ行こーぜ。で、飲み屋だからソレに着替えろ。制服で入るワケいかねーからな」

「へーへー」

 ぶつぶつ言いながらナギはその場で制服をばさばさ脱ぎ始める。だが、シャツを脱ぐ段階になって、他人の前で肌をさらすのは初めてだということに気がついて、ついボタンを外す手が止まった。

「・・・別に前見たんだからヘーキだろ?」

「あ、うん、そっか」

 そうだ。前にスイには見せたんだと思い出し、それでもどこか緊張しながらナギはボタンを一つ、一つと外す。やはり顔を見せて着替えることはできずに後ろを向き、スイに背中を見せる形でナギはシャツを脱いだ。
 ―――そこに、数年前の傷があることを忘れて。

 


「で、何飲む?」

「俺飲んだことないんだよ。だから軽めのテキトーに頼んでくんねえ?」

「りょーかい」

 スイに連れてこられた飲み屋は、どちらかと言えばダイニングと言った方がいいんだろう洒落た飲み屋だった。凝った作りの内装と、明るすぎず暗すぎない店内はそれなりに賑わってはいるが、うるさすぎず、かといってかしこまっているわけでもない、居心地の良い店だった。

「そーいやナギと同じ選択クラスになったことねーな。お前何とってんの?」

「パソコン」

「・・・情報処理だろ。そうか、ずっと美術だからな俺は」

 ビク、とスイには分からない程度にナギは肩を震わせる。そこに酒とつまみが運ばれてきて、その話題はそこでお仕舞いになった。そのことにひどく安堵しながら、それでも少し動揺していたのかもしれない。飲み慣れない酒を一気に半分も飲み干すぐらいには。

「おいおい、酒強くねーんだったらそんな一気に飲むんじゃねーよ」

「ぅえ?」

「腹になんか入れてからじゃねーと、即効で酔っ払うぞ」

「あ、わ、わかった」

 わけもなく焦りながら運ばれてきた料理に手をつける。確かにスイが言っていたとおりなかなか美味いとナギは思った。

「美味いな。俺も和食は作ったりするんだけどさ、こーはいかねーもん」

「作んのか?お前が?」

「おーよ。バリバリ作る」

「じゃあお前も一人暮らしなのか?」

「・・・いーや、父親もいる。ただ年の半分は海外だからほとんど一人暮らしかもな」

「そりゃ作るよーにもなるな」

「そ。お前は作んねーの?一人暮らしなんだろ?」

「それなりにな」

 それだけ言って、スイは酒に口をつけた。どうやら酒には滅法強いらしいスイはもうグラスを空にし、店員に二杯目の焼酎を頼んでいる。
 それを目の端に止めながら、ナギもメニューに目を通す。だが、メニューの上を視線が横滑りしているだけで、頭の中で考えいるのはまったく別のことだった。

 ――なにも、知らないと思った。
 知り合ってまだ間もないのだから当たり前なのかもしれない。だが、それでも、スイがほとんど自分のことを話すことをしないのは事実だった。
 ナギは他人のプライベートに興味を持つ方ではけしてなかったが、それは、単に他人に興味がなかっただけだったのかもしれない。現に、今ナギはスイに色んなことを聞いてみたかった。

 どうして一人で暮らしているのか。
 父親と母親はいるのか。兄弟はいるのか。
 そして――――。

 そこまで考えたところで、突然スイの隣に誰かが腰を降ろした。

「こんばんは、日下くん。偶然だね。あと、お友達も。」

 そう言ってニッコリとナギに微笑んだ男は、あの日、スイに腕を絡ませていた男に違いなかった。

 

  



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