今日もヤキソバパンがうまい。ほんの小さなことでも幸せを感じることのできるナギは、目の前のヤキソバパンに至上の喜びを感じつつはむはむと食べていた。
 登校初日に学校のヤキソバパンを食べてからというもの、ナギはそれ以外のパンを食べたことがない。変に凝り性でかつ飽きるということを知らないナギだからこその食行動である。

 にも関わらず、ナギの体は実は細身ながら綺麗に筋肉のついた体をしている。ただナギは夏でも絶対に半そでを着ないため、クラスメイトはナギの体を見たことがないから誰もそれを知らない。体育のときも絶対にジャージ。そのことを男子生徒の一人がなんとなく聞いてみたら、紫外線についてのウンチクを延々数十分も語られたたため、それから先他の生徒の誰もそのことを聞かなくなった。というより、もともと変人の誉れ高いナギである。年中長袖だろうが「変人だから」という理由で済んでしまうということなのだろう。
 肌はいつも少し日に焼けていて、そしていつも顔には笑みを浮かべている。
 それがあまりにも毒気がなくて、だからこそ変人と言われながら高校で苛めを受けたことがない理由なのかもしれない。

「・・・うまかった・・・」

 ホウと感嘆の溜息をついて両手を合わせること早1年と3ヶ月。今日もありがとう!とヤキソバパン相手に心の中でお礼を言い、ナギはゴミを片付けようと席を立った。――と、窓の向こうにスイがいるのが見えた。
 今度は女か〜と思いながら、真昼間の校門で知らない女と話しているスイを見る。高2になって、ちょうど坂を見下ろせる2階の窓際の席を手に入れたとき、ナギは本気でこの高校に来て良かったと思ったものだ。この坂道ではナギの知る限り結構な人間模様が見られるが、スイのそれはその中でもアダルトさではナンバー1だなと思う。つい凝視しているとスイと女が軽くキスをして、女の方は車に乗って去っていった。車を見送ってから、スイはくるりと坂へと踵を返す。ちょうどスイが坂道の真ん中に来たあたりからナギは窓から身を乗り出してブンブン手を振った。が、手を振っているだけではスイは気付いてくれず、結局「おーーーーい」と叫ぶ。すると、やっとスイは顔を上げ、ブンブン手を振っているナギを見て軽く笑った。

 

「・・・お前サボっていいのか」

「へ?俺は全然ヘーキ。ていうかスイの方が大丈夫か?」

「なんで」

「いっつも成績貼り出されてるじゃん」

 ナギがそう言うと、スイは珍しいものを見るような目でナギを見た。

「・・・お前がそんなの見てるとは思わなかったな」

「あー見てるっていうかな、前から30人のほかに後ろから30人も貼り出されるっしょ?そこに自分の名前がないのを確認しにいってんだよ。俺大抵後ろから32番目だから」

「・・・んなこったろうと思ったけどずいぶん器用だな。赤点だけは取らないってのは」

 スイの言葉にナギはふふふーと嬉しそうな笑みを浮かべる。が、どこかしてやったりという感じの笑みで、その笑みを見てスイも何故か笑ってしまった。
 学校に来ているのはほとんど義務だと思っているスイでもナギのことはそれなりによく知っていた。1年のときは実はクラスが隣同士で、4月の頃などナギの話題でクラスじゅう持ちきりだったのだから嫌でも耳に入ってくる。単におもしろい奴がいると話す生徒もいれば、当然おかしい奴がいるという風に悪く言う生徒もいたが、スイはどちらかと言えばナギのことは好意的に見ていた方だった。
 それは、寝袋を持参して教室で眠るナギの気持ちが、少しだけ分かるような気がしたからだ。
 ――学校で眠るということは、家で眠れないということなんだろうと。

「そーいえばさー、今日の昼スイ坂道いたじゃん?」

「あーー女の話はパスだ」

「は?ちげーよ。キョーミねー。ちがくてさ、坂上ってきてるスイの肩にさ、葉っぱが一枚落ちたんだよ。それがすっげー綺麗でさー、やっぱ顔のキレーな男ってなんでも絵になんのな!」

 ニコニコニコ。そんな擬態語が本気で似合う笑みをナギはする。その顔についスイは「ぶっ」と噴出してしまい、憤慨したナギにぼかぼか殴られてしまった。
 この1年とちょっと、スイは学校で友人など作るつもりは全然なかったし、事実友人と名のつくものは一人もいなかった。入学当時、女の車で送られてきたスイに蟻のように群がってくるクラスメイトをスイは本気で嫌悪した。そして、放課後突然呼び止められたかと思えば「つきあってください」と言ってくる女たち。それが自分の人よりは整っているだろう顔のせいだろうことはすぐに予想がついた。そんな女たちを悉く無視し続けても、1年経った今でも時折女の視線を感じる。
 男子生徒の遠慮のなさも、女子生徒の媚びるような眼差しも、何もかもがスイは嫌いだった。
 だから、自分をただの客体としてしか見つめないナギをスイが気に入るのにそう時間はかからなかった。

 

「・・・そーいや、お前なんで夏服着ねーんだ?ああ、紫外線うんぬんの話はいらねーぞ」

 坂道を二人で降りながら、日差しの熱さを感じたスイはナギに聞いてみた。1年のときに同じことを聞いた生徒が紫外線のウンチクを聞かされたという話も、ナギの両隣のクラスの生徒なら誰でも知っている話だった。

「えーー、あーーでもまーいっかーー」

 珍しくキレの悪い話し方だなと思いながら――というより、ナギはどこか切れたような話し方しかしないのだが――スイが適当に相槌を打っていると、突然ナギがガバリと上着をずり上げた。

「は?!」

「は?じゃなくて、ホラ、俺の腹の色」

 少なからず動揺しながらも、ナギの言うとおりその腹をスイは覗いてみて、さらに驚いた。
 ――抜けるように色が白い。

「なんだこれ?」

「俺クオーターなんだよ」

 ごそごそとシャツと上着を元に戻しながら、ナギはあっさりそう言ってのけた。

「はぁ?」

「とーちゃんが日本人とフランス人のハーフで、かーちゃんが日本人だから4分の1だろ?だからクオーター」

「クオーターの意味は知ってる。つーか、それにしたってなんでんな顔と首だけ焼けてんだよ」

「・・・手足だと赤くなるんだよ。顔と首だとなんとかここまで焼けるんだけどな、どーにも手足とか腹はバカみたいに白いまんま。」

 さすが変人、とはスイは思わなかった。変人にしてはその目的があまりにまともすぎた。
 目の前の変人と呼ばれている男は、もしかしたら誰より理性的なのかもしれないとさえ思ってしまう。

「・・・ばれたくねーってか」

「あーー、ほら、顔は平々凡々だからいーんだけど、なんかハーフとかクオーターとかだと日本人って騒ぐだろ?小学校んときに日本来て、小学校入ってすぐ嫌な目にあったんだよ。」

「じゃあこの茶色の髪も天然か?・・・つーかお前目の色素も薄いな」

「おーよ」

 そう言ってニカと笑ったナギの顔はどっかの悪ガキそっくりで、スイはまた噴出してしまった。


 

 それは、ナギが、自分がクオーターだと言っても全く態度を変えないスイを、なんか好きかもと思った瞬間でもあった。

 

 




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