18


 

 あの時のことを、ナギは今でも鮮明に思い出せる。

 

 絵を、描いていた。
 父親が色彩鮮やかな油彩画を描いていたからかもしれないが、ナギは逆に白と黒で構成される水墨画に興味を惹かれ、とにかく自分でも描いてみようと筆をもっていた。何を描こうかと思い悩み、とりあえず水墨画用の用紙を貼り付けたキャンバスに一本、墨で線を引いた時だった。

「ナギ?何を描いてるんだい?」

 部屋のドアを開けて入ってきたのは2週間ぶりに顔を見た父親で、その手には絵の具だろうチューブと白い布があった。

「まだ決めてない。いいの思いつかないし」

「描きたいものを描けばいいんだよ」

 そう言ってナギの肩に手を回し穏やかな笑みをくれる零は、相変わらず綺麗だとナギは思った。

 フランスにいたときも、初対面の人間はほとんど零とナギを親子だとは気付かず、そうと知ったときには皆が皆驚いたような顔をした。それも仕方がないとナギは思う。取り立てて目立つような顔をしていない自分に比べ、父親である零は女どころか男までが立ち止まって見惚れるほどの美貌の持ち主だ。ニースに来ていたある小国の国王が、自分の第3の側室として宮に入ってくれないかと様々な手を使って頼みにくるほどで、それを断るのに零は相当苦労していたようだ。仕舞いには後宮に入るぐらいならナギを連れてフランスを出ると言った零に、零の絵を定期的に飾りたいと申し出ていた大きな美術館の館長とそのスポンサーのとりなしで事無きを得たのだが、結局零はアトリエをフランスから日本に移してしまった。零が日本に行くといったときの館長の顔はあまりに悲愴な面持ちをしていて、彼とは知り合いだっただけにナギはひどく気の毒に思えたのを憶えている。

「何を考えてる?」

 つい零の顔を見ながら見ていないという、自分にしては器用なことをしていたナギは零の声にハッと我に返った。

「あ、なんでもない。ちょっとぼーっとしてた」

 へへと笑いながらそう言うと、零はまたニコリと笑う。零はこうやってナギに笑いかけてくれることが多かったが、最近、何故かナギはその笑みに不思議な気分になることが多かった。
 ナギにしてもなんと言っていいのか分からないのだが、時々、本当に笑っているのか分からない笑みを浮かべるときがあったから。

「…ナギ、この間12歳の誕生日だっただろう?今、背はどのくらい伸びた?」

「んー5フィート半ぐらい。あ、160センチって言われたかな」

「そうか」

「うん。でもなんで?」

 普段はそういうことに全く興味のないように見える父親が突然そんなことを聞いてきて、ナギは驚いている反面少し嬉しかった。というのも、最近一気に身長が伸び、前の健康診断より6センチも伸びていたからだ。それを零が気付いてくれたのかと思い、ナギはニコニコしながら零の顔を見つめた。

 だが、その途端口と鼻に何かガーゼのようなものを当てられて、ナギはわけもわからないまま意識を失った。

 最後に見えたのは、今まででいちばん嬉しそうに笑っている零の顔だった。

 

 

 目が覚めて、突然襲った体の痛みをナギはきっと一生忘れないだろう。
 過去のいつより鮮烈に目が覚めたのは、下肢に走る強烈な痛みのせいだった。目の前には白いシーツだけが視界に映り、何故か尻だけ高く上げた四つん這いの格好になっていた。そして、何かが自分の中に入ってきていて、それが痛みの原因だとナギはおぼろげになりそうな意識の中でなんとか理解できた。

「い、たい・・・・いたいよ・・・」

 学校で殴られても蹴られてもこんなことを言ったことはなかったのにと、ナギはぼろぼろ涙を零しながら思った。そしてその痛みに歯を食いしばりながら耐えていると、誰かの手が自分の腰を掴んでいることに気付く。その手の持ち主がこの痛みをもたらしている人物であることは簡単に想像できた。

「・・・・・・・だれ・・・?」

 痛みで振り向くことすらできない。シーツを両手で強く握り締めながらそれだけ呟くと、背後から聞こえてきた声はナギがよく知っている声だった。

「僕だよ、ナギ」

 最初は、単に自分をこんな目に合わせている誰かの近くに父親がいたのだと思った。だから。

「…とうさん・…たすけて…痛い、痛いんだ」

 早く助けてほしいと、気力を振り絞って口を開いた。
 なのに。

「駄目だよ、ナギ。まだ全部繋がってないんだ、僕とナギは」

 それに「え?」と言おうとして、突然ナギの中に入り込んでいた何かがいきなりズイっと深く押し入ってきた。あまりの痛みにナギは叫び声すらあげられず、ただ絶対に体が裂けたに違いないとだけ思った。そして、その痛みだけでも気絶しそうなのに、その何かはナギの中に入ったり出たりを繰り返し始めた。
 想像を絶するような痛みが体の先から終わりまでを駆け抜ける。
 はやく、はやくこの何かが出て行けばいいとそれだけを願いながら、ナギが顔をシーツにこすり付けて歯を食いしばったその瞬間、誰かの手がナギの性器を包んだ。
 そして、その手が上下にゆっくりと動き出す。それが何を意味するのかナギの年齢になれば誰でも知っていることだ。だが、それを他人の手でやってもらうことなど当然ナギには思いもしなかった。
 その手がだんだん動きを早くし、その巧みさに、ナギは狂いそうになる痛みの中かすかに快感を覚えている己に気付いた。
 痛みでなく、快感で息が荒くなっていくのが分かる。そして、そのとき初めてその手の持ち主の顔がナギの顔のすぐ近くにあることに気付いて、ナギは薄れそうになる意識をなんとか保たせながら後ろを振り向いた。


 そのときの衝撃を、どうすればいい。


「可愛いよ、ナギ」

 子供のように楽しそうな笑みを浮かべながら、父親であるはずの零はナギを絶頂へと導いた。
 ナギが精を吐き出す瞬間までずっと零はナギの顔を見ていて、ナギも零の顔を見ながら射精した。

 

「じゃあ、動くよナギ」

 目を見開き涙を流しながら、ナギはまたあの痛みが自分に戻ってくるのを感じていた。
 何かが出し入れされるスピードが速くなり、後ろから覆いかぶさっている零の荒くなっていく息が首筋にかかる。その息のあたたかさに絶望しながら、零の詰まったような声とともに自分の中に何かが注ぎ込まれたのをナギは強烈に感じた。

 そして、自分の中の何かが音を立てて壊れ、音もなく消えていく感覚も。

 ズルリという音とともに何かがナギから出て行く。
 そのときのナギにはただただ痛みから解放されるという思いしか頭にはなくて、その安堵からそのまま気を失った。そんなナギを零は嬉しそうに後ろから抱きかかえ、零の裸の胸を背中に感じながらナギは完全に意識を闇に落とした。

 

 それが、ナギとその父親の、何もかもの始まりで、何もかもの終わりだった。

 

 



HOME  BACK  TOP  NEXT

 


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送