15


 

 ナギの傷を見て、スイはその傷がかなり昔のものであることに気がついた。多分5年は経っているだろうと思いながらその傷の表面を触る。すると途端にナギの肩がびくりと震えて、そういえば、とスイは両手に息を吹きかけた。自分の手は夏ですらいつも温度がなかったと思いながら。
 息を手のひらに吐き出しながら、ほかに見るものもないスイはナギの背中を見つめた。その背中はその傷以外にもいくつか小さな傷が残っていて、肌が白い分傷痕は思いのほか目立っているようにスイには見えた。右の肩甲骨の下から背中の中央に走る15センチほどの傷痕はナギの白い背中で一つ異様な存在感を持ち、だからこそひどく痛々しかった。
 視線をその傷から腰の方にゆっくり下ろし、その後また上へ滑るように視線を移動させる。と、その先にある項にスイは視線を止めた。

「―――っっ!?」

 ナギが息を呑むのが後ろからでも分かる。
 項を軽く指でなで上げてやると、ナギはおもしろいくらい背筋をピンと伸ばした。

「…なあナギ、これ、どうしたんだ?」

 項から手を外さずにスイがそう聞くと、ナギはワケのわからないといった表情で後ろを振り向いた。その顔を空いている方の手で軽く前に押し戻しながら、スイは耳元で「キスマークついてる」と囁いてやった。
 ひゅっと呼吸が止まったような音が聞こえる。その音に内心笑みを漏らしながら、スイはナギに後ろから覆いかぶさるようにしてナギの鎖骨や胸にも視線を向けた。するとそこには、やはりと言うべきかいくつか痕が残されていて、その色が濃いものもあれば薄いものあった。

「ずいぶん激しい恋人がいるんだな」

 少し笑いながらそう呟いて、スイはぴたりとナギの背にくっつけていた自分の体を離す。途端にナギはホウッと安堵の息を漏らし、そんなに緊張する必要はないだろうがと思いながらスイはもう一度ナギの背中の傷を見た。そしてまた傷の具合を見ようと、少しは温まっただろう手でその傷を撫で上げる。だが、今度は傷の端から端まで撫でることはできなかった。
 ナギがスイの手から逃げるように体を捩ったからだ。

「も、もーいいよスイ。もう6年も前のだからさ、多分消えねーんだ」

 ナギの口は確かに笑みの形を象ってはいたが、その顔は明らかに笑ってはいなかった。

「…まだよく見てねーし、消えないって決め付けるもんでもねーだろ?」

 そう言ってスイがナギの肩を掴むが、ナギはその手からすら逃げようとした。
 ナギの顔には何かに怯えているような表情が見え隠れしていて、その表情の意味がスイには分からなかった。
 それまで自分がやっていたことは別におかしくはないはずだとスイは思う。だが、自分がした行為の何かがナギにこんな表情をさせたのだとしたら――そう考えたところで、ナギがおかしくなったのは恋人の話をしてからだと思い至った。
 あの、息を呑んだ音が聞こえた瞬間からじゃなかったかと。

「・・・なあ、ナギ」

 極力優しい声で話しかけたつもりだったが、そんな話し方など意識したこともないスイにそれが上手くいっていたのかどうかは分からない。それに、誰かにこんなにも怯えられたことは過去に一度もなく、こういう時に一体どうすればいいのかなどスイは知らなかった。とにかく別にナギに害を及ぼすつもりはないことを伝えればいいんだろうかとナギに体を寄せると、ナギはその目を大きく見開いてスイを見た。

 また、怯えられた。そう頭のどこかで思ったと同時に、スイはそれまで抱いたことのないような感覚に襲われた。

 ―――もっと見たい。

 この、色素の薄い目が自分だけを見つめているその表情をもっと見たいと思った。
 さらに言えば、その顔がどこか泣きそうになっていれば尚いい。
 そう、今しているような。

 

「……どうした?」

 多分、ついさっきまでの自分には想像もできないような声が今自分の口から出ている。そう考えながらスイはナギにさらに体を寄せた。ナギは相変わらず怯えたようにスイを見続けていて、そのことに何故かどうしようもなく興奮していた。
 ス、とナギの頬を手の甲で撫ぜる。
 するとナギは堪らずと言ったように目を伏せ、微かに体を震わせた。
 ―――ゾクゾクした。

「…俺が怖いのか?」

 そうに違いないことをわざと聞いてやる。それにナギが答えられないことを知りながら。当然ナギは口を開こうとはせず、ただその目を伏せて何かに耐えるようにしているだけだった。
 そして、別に何か意味があったわけじゃない、わけじゃないが、スイはふとさっきも見たナギの胸の上の赤い痕に目をやった。それは相変わらずナギの白い肌の上でその存在を主張していて、何故かひどく目障りだった。
 自分でもよく分からない感情だった。ついさっきは別に何とも思わなかったのだ。むしろ「ナギもやることやってんだな」と下世話な想像をしただけの胸の上の赤が、どうしてこんなにも神経を逆撫でするのか。

 気付けば、その痕の上に口づけていた。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。数えるようにその赤い痕の上を吸っていくと、その度にナギは堪えきれないように微かに声をあげた。その声はそれまでスイが聞いてきたような感極まった声でも激しい喘ぎ声でもなく、感じているのか感じていないのかまったく分からないような声だった。
 だからなのか、それとも、単に自分がそうしたかっただけなのか。
 スイは赤い痕のついていないナギの白い肌にも幾度も口付けを落としながら、その右手でナギの制服のベルトを器用に外し、ジッパーを下ろした。そして微かに反応し始めている中心に手を這わせる。すると、ナギはとうとう堪えきれずに声をあげ、その声にスイはどうしようもなく欲情した。
 だから、噛み付くように口づけた。
 舌を差し入れ、唇を吸い、口腔を思うがままにかき回す。その間下着の中に差し入れた右手は絶えず動かしたままで、薄く目を開けてナギの表情を盗み見てスイは息を呑んだ。

 ―――めちゃくちゃにしてやりたい。

 それしか考えられなくなるような顔を、ナギはしていた。

 



HOME  BACK  TOP  NEXT

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送