「・・・あれ?」

 昼とはまったく色を変えるその街にナギが足を運んだのは、別に大したことが理由じゃなかった。ただ、その街にある小さな橋から見える夕日が思いのほか綺麗だったので、もう一度見てみようかと思っただけだった。
 その夕日を無事拝むことができ、ルンルン気分で帰ろうとしていた矢先、ナギが立っている歩道の反対側の歩道に見たことのある男がいて、ついそんな声をあげてしまっていた。
 男の方はナギが見ていることなど気付いてはいないだろう。連れの人間に何か話しかけられ、それに小さく笑みを返していた。そして、その連れと一緒に建物の中に消えていった。
 その建物を下から上へと見上げる。建物についている縦看板には、趣味の悪い名前がぴかぴか光っていた。
 内心へ〜と思いながら、取り立ててナギは何も思っちゃいなかった。
 ま、どうでもいいやと思いながら帰路につく。殊更ゆっくり歩きながら、ナギの口笛からは夕焼け小焼けが流れていた。



 

「ゲ」

 つい、声を上げてしまったのはナギにとって痛恨のミスだったのかもしれない。
 いつものように惰眠を貪り、守衛のおじさんに起こされて、「さよ〜なら〜」と言ってから30秒後。昇降口に昨日見かけた男がいたのだから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが。

「……俺に何か用か」

 いや、別に全く用なんてないです。とはナギの心の中だけで叫ばれた。別にそれを声に出すこともやぶさかではなかったが、そうするには目の前の男にいささか迫力がありすぎた。

 目の前の男――日下水は、その断トツの顔の良さで生徒の間で有名な男である。そして何故か頭の良さまで神様に与えられたスイは、そのクールそうな顔と相俟って女生徒の間では多分一番の人気を誇る。だが、実際にここの生徒とスイが付き合っているという噂は聞かない。それがさらに女生徒のスイへの憧れを強める結果に働いてはいるようだが。

 そんなパーフェクト男を、ナギは昨日歩道の向こうで見かけてしまっていた。
 いや、それだけなら別に何も思わなかっただろうが、スイに腕を絡めているもう一人の人間の存在が、ナギに「ゲ」なんて間抜けな声を上げさせてしまった。

 何故なら、スイに腕を絡めていた人間はどう見ても男だったからだ。

「や、別に用はないよ。じゃねーー」

 こういう目立つ人間とは関わり合いにならない限る、というのがナギのモットーである。一応ナギは自分がそれなりに目立っているのを理解している。だからというワケではないが、とにかく目立つ生徒とは絶対にお近づきになりたくはなかった。
 が、ナギのそんな態度はスイの何かに触れてしまったようだった。
 そりゃ「ゲ」とまで言われて黙っている男はいないだろう。

「…ずいぶん嫌われてるみてぇだなあ」

 おどろおどろしい声でそんなことを言われては、ナギが黙っているはずがなかった。物凄い形相でスイを振り返り、その肩を掴んでゆさゆさと揺さぶる。

「ちげーよ!単に俺は目立つヤツとは近づきたくねーってだけで、アンタが嫌なワケじゃねー!それに、俺変みたいだし、俺と知り合いになるとそっちがメーワクだろって思っただけだ」

「ぅお・・・わ、わかったから、手ぇ離せ」

「あっ!悪い!」

 相当激しく揺さぶってしまったからか、スイは額に手を当てて何かに耐えるような表情をしている。本気で具合が悪くなったらしいスイにナギはどうしようどうしようとアワアワするが、そんなナギを制するかのように、スイが何でもねぇよと片手を振った。

「ごめんなぁ、大丈夫か?」

「・・・・・・ああ。まだ脳ミソ揺れてっけどな・・・」

「分かるソレ!気持ちわりぃんだよなあ!」

 スイにしてみれば、諸悪の根源が何を言うかというところであろうが、そこは全く気にしていないナギはまだ気持ち悪がっているスイの肩をバシバシ叩いた。

「・・・ヤメロ・・・・・つーか、お前どっかで俺のことでも見たのか?そんな声だったよな、最初の」

「おお!すげぇ勘いいな!そーだ。ピンクローズとかいうラブホにお前が男と入ってくのを昨日見てさあ、つい」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「すげーよなあピンクローズって。桃色の薔薇ってことだもんなあ。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 




 それが、学校一の変人と名高い朔田凪と、学校一の美形と名高い日下水の出会いだった。

 

 




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