<君に贈る7つの哲学 第4番>

 



幼い夢は儚いものですか


  

 11になったばかりの頃。
 家を恨む一派に一度だけこの身を誘拐されたことがある。
 結局3日と待たずに解放されはしたが、名も知らぬ男に拘束された時間を氷依の心は忘れることができない。別に悪夢に見るとかそういうものではけしてなく、あまりにやわらかな思い出だったからだ。

 父の反対派から依頼を受けたらしい男は、その道のプロらしく、氷依に何の危害も加えなかった。閉じ込められた部屋も窓のない部屋ではあったが、生活するに不足しない設備は整っていたし、食事とて必ず日に3度運んできてくれた。
 11とは言え、財閥の跡取りとなるに不足ない教育を受けていたからか、それとも単に図太い精神故だったのか、普段と違う生活を少なからず楽しんでいたことは否めない。というのも、誘拐された日の夜から、氷依をかどわかした男とは別の男――多分共犯の男なんだろう――が、小さい氷依を気遣ってかよく己の相手をしてくれた。人の美醜に全く興味のない氷依から見ても主犯の男はひどく美しい容貌の持ち主だったが、己の相手をしてくれた男は清冽な双眸の持ち主だった。
 その二人の男が、ただの共犯関係でないと気づいたのは、そう後のことではなかったように思う。
 別に二人があからさまにそう見せていたわけではけしてない。単に己の目が人より聡かった、ただそれだけ。

「貴方がたはご夫婦ですか?とすると日本に国籍は置かれていらっしゃらないとか…、それともどちらかの戸籍を女性に改竄されましたか?」

 実際にそうやって夫婦になった者を知っていたせいか、あっさりそんな質問が口をついて出た。
 それに驚いたのは二人の方だった。たまたま食事を持ってきた主犯の男と、氷依の話相手をしていた共犯の男は氷依がそう言った途端ピタリと動きを止めた。
 回復が早かったのは当然のように主犯の男。くくくとくぐもった声で笑うと、「そうですね、私たちは夫婦です」と言って綺麗に笑った。その言葉に我に返ったらしい共犯も、氷依に向かって困ったような笑みを浮かべ、「君は11とは思えないね」と言って己の髪を優しく撫ぜた。

 己の身が解放されたのは、それから半日も経たない夜。
 少なからず後ろ髪引かれる思いで部屋から出る瞬間、主犯の男が氷依の耳元で小さく囁いた。バッと振り返るも、彼はいつものように微笑むだけ。
 だが、それで十分だった。

「さようなら、美しいひとたち」

 そう、きっと二度と会わないだろう彼らに別れを告げる。
 ああ、楽しかったと。



 

「ハニー、今日は人質ごっこをしよう」

「…脳みそぶっとんでんのか…」

 ハアアと盛大な溜息をついた愛しい恋人に、氷依はいつもと変わらぬ笑みを向ける。それも仕方あるまい。彼が見せてくれる表情なら、たとえどんなものだっていとおしいのだ。

「さ、ハニー。手錠と目隠しとロープ、どれがいい?ハニーが望むなら全部でもいいけれど」

「!!?」

 

 

『見つけたら、けして離さないこと』

 

 幼い夢は、この手の中にある。

 



 

「王子様の恋人」 


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