<君に贈る7つの存在 第1番>




世界の意味を変えたのは誰ですか


 

「どこだ世良!!」

 隣国での仕事から帰って、いちばんに会いたかった人間が部屋にいない。
 それは、いつもは必ず浬の部屋で自分を待つ世良には初めてのことだ。前も、そしてその前も、長い仕事から帰った浬を、世良はあのどこまでも柔らかな笑みで迎えてくれた。その笑みが、浬が早く国へ帰りたいと思う唯一のものだった。
 ――世良と会うまで、浬にとって国は檻でしかなかった。
 世界を一つ壊せるほどの力を秘めた王子が、けして国を裏切ることがないようにと、幾重もの鎖で頑丈に囲まれた巨大な檻、それが浬を生んだ王国だった。
 だから、国の外での仕事からの帰り道、何百人もの監視の中で、浬はどうして国へ帰らなければならないのだろうといつも思っていた。己を縛るものでしかないあの国へ、あの屋敷へ。中には己を殺そうとする者がうじゃうじゃいるようなあの場所へ。どうして自ら身を落としに行かなければならないのだと。
 だから、いつか。
 いつか絶対に、この国を――この世界を、跡形もなく壊してやると。

「世良!」

 バタンと大きな音を立てて、庭へと通じる扉を開く。7階ほどあるこの屋敷の最上階には、主人である浬と世良の部屋だけがあるが、あと一つ、季節ごとに色の移ろう庭があった。薬師の家に生まれた世良はことのほか植物が好きで、その植物たちからいつも少しだけ花弁や茎を分けてもらっていたのだと世良は言っていた。少しだけであれば、次の年もそれは綺麗に花を咲かせることができるからと。
 そんなこと、浬は知らなかった。知ろうともしなかった。
 庭にある花も木も、浬の心を慰めることも、楽しませることもなかった。そしてそれは、今も変わらないのだ。
 そこに世良がいて初めて、花や木は浬にとって美しいものになる。

「…寝てたのか」

 どこから持ってきたのか、薄い敷物を庭に敷いて世良は眠っていた。ひどく幸せそうに。

「………」

 少し、気にいらなかった。
 世良は、自分の隣で、こんなにも穏やかに眠っていたことがあっただろうか。

「……起きろ世良!!」

 子供じみた嫉妬心で、浬は気持ちよさそうに眠っていた世良を揺すり起こす。そこには、帰ってきた自分を迎えもせずに植物と一緒に寝ているとは!というさらに子供らしい焼きもちも含まれていたことを当の本人は知らない。
 けれど。
 瞼を開けた世良が、ゆるりと浬にその目を向けて。そして、眠っているときとは比べ物にならないほど、あまりに幸福そうに微笑んだので。

 ――お か え り 。

「…ただいま」

 ふわりと、いつもの浬からは信じられないほどの柔らかさで、世良を抱きしめる。

 世良、お前がいれば、世界はこうも美しい。







「あいのうた」


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